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自由の代償は、飢餓だった。

第二章、始まります。お袋の停止から三か月後。

世界は救われましたが、生活は何も救われていません。

「お袋(正式名称:マザー・レグナス)」が破壊され、緻密に管理されていたホログラムの空が剥がれ落ちてから、すでに三ヶ月が過ぎた。


三〇〇年ぶりに姿を現した地上の太陽は、想像以上に情け容赦がない。


かつての空を覆っていた膜は、均一で、優しく、そしてどこまでも無機質だった。季節も気温も管理され、暴風も豪雨も排除された、徹底的に“最適化された空”。そこには偶然も奇跡も存在せず、すべては数値化され、調整され、最適解に収束していた。


人類はそこに守られ、そして飼われていた。


だが今、頭上に居座る『本物』は違う。


灼熱は平等で、そして無慈悲だ。地上のあらゆる水分を吸い尽くし、生物をただの炭素の塊に変えようとする暴力そのもの。荒廃しきった砂漠を、じりじりと、音もなく焼き続けている。


風は乾き、砂は焼け、視界は陽炎で歪む。遠景のビル群は揺らぎ、溶け、蜃気楼のように形を失う。世界そのものが巨大な炉の内部になったかのようだった。


「……あー。死ぬ。死ぬな、これ。テリヤキ食う前に干物になっちまう」


「マスター。あなたは十分に干物予備軍です。安心してください」


「安心できる要素どこだよ!?」


シオン・グレイスは、かつての戦闘で半壊したビルが作る、申し訳程度の不確かな日陰に身を潜めていた。崩れたコンクリートの隙間から差し込む光が、刃のように地面を切り裂いている。


アスファルトは熱を孕んで陽炎を立ちのぼらせ、吸い込む空気は肺を焼くほどに熱い。呼吸をするだけで体力を削られていく。カラカラに乾ききった喉が、痛いほどに鳴った。


「水……水くれ……。幻でもいい……」


「幻でよければ、海を生成しますか?」


「できるのか!?」


「できません」


「即答かよ!」


隣に立つ銀髪の美少女、セラは涼しい顔で続ける。


「マスター。先ほどからその『干物』という無益な語彙を繰り返していますが、論理的に言えば、あなたの体組成の六〇%が蒸発する前に、私の内部回路があなたの無能さに絶望してシャットダウンする方が早そうです」


「さらっと人格否定すんな!」


実体化したばかりの彼女は、見た目こそ涼やかだが、その眉根は不機嫌そうに歪んでいた。かつてはプログラム上のデータでしかなかった『不快感』が、今や肌を刺す熱や、まとわりつく砂埃という実感を伴って彼女を苛んでいる。


「……暑い」


「お、言ったな今!」


「言いました。非常に、暑い。不快です。砂が、鬱陶しい。汗という液体が皮膚表面に発生する現象も、理解不能です」


「それが人間だよ、歓迎しろ」


「返品可能ですか?」


「不可だ!」


セラは自らの腹部をぎゅっと押さえた。

グゥー、と可愛らしい、しかし切実な音が響く。


「……」

「……」


「今のは環境ノイズです」


「腹の環境な」


「否定します。ですが……お腹が、空きました。非常に、不愉快です」


それは、かつて「お袋」が『効率が悪い』と切り捨てた生物的な欲求そのものだった。不要と断じられたノイズ。だが今、そのノイズこそが彼女を“生き物”にしている。


「……はは、お前も『空腹』ってバグに感染したか。ようこそ、不自由な世界へ」


「バグではありません。身体を維持するための正当なアラートです。マスター、栄養ゼリーはありませんか? あの、消しゴムのような無機質な味でいい。むしろ今は恋しい」


「恋しくなるな!あんなもん!」


「ではテリヤキを」


「材料ゼロだ!」


自由を手に入れた代償は、あまりに重かった。


配給は途絶え、既存の食料プラントも寿命を迎えつつある。完全管理社会という温室は、扉を開けた瞬間に地上の地獄へと変貌した。


「……だから、俺がなんとかしなきゃな」


シオンは立ち上がり、砂埃の向こうに佇む巨大な白銀色の影を見上げた。


砂に埋もれた「天使装甲セラフィオン」。


「見ろよ、世界最強の耕運機だ」


「かつて世界を破壊するために設計された最終兵器が、畑を耕すために再稼働。皮肉です」


「最高だろ? 破壊の力で土を起こすんだ」


かつて数多の敵を切り捨てた高周波ブレードの代わりに、急造の巨大ショベルが装着されている。


「いいか、セラ。これからは『待ってればメシが出てくる』世界じゃねえ。俺たちが耕して、狩って、焼いて、食う。テリヤキだ。最高に脂っこいやつ」


「脂質過多は健康に悪影響です」


「今それ言うな!」


「成功確率は〇・〇〇〇一%以下」


「ゼロじゃねえ!」


「ゼロではありません」


「だろ? その一滴を掴むのが主人公ってやつだ」


「自称ですか?」


「公式だ!」


シオンはニヤリと笑い、セラフィオンに乗り込んだ。

巨体が唸る。砂が舞う。


だが――


地面が震えた。


「……地震?」


「違います。振動波形、機動兵器級」


空気が裂ける。

一機の漆黒の機体――グリード・ゼノフィスの愛機〈オメガ〉が接近する。


『シオン! 最悪だ!』


「ポエム野郎、登場派手すぎる!」


『世界の終焉のポエムすら書く暇がないほどに!』


「やっぱ書こうとしてたな!?」


『食料製造プラントの一基が作動不能! 停止原因不明! 破壊、いや“捕食”の可能性がある!』


空気が凍る。


「セラ」


「再計算開始。維持可能期間、五十八日。修正。……三十七日」


「三十七日……」


「誤差込みで一ヶ月未満」


「笑えねえ」


「笑っている場合ではありません」


守られていた温室は、もう存在しない。

手に入れたのは、一ヶ月後に『餓死』が確定した自由。

だが、諦めるわけにはいかない。


その時。


「未確認アクセスログ検出。発信源――都市外縁部」


セラの瞳に赤いノイズ。


『警告。個体識別信号……照合。……管理権限の……移行を検知』


「……っ!? セラ、今なんて言った?」


「……いえ、何でもありません。……ただ、少しだけ。……『お袋』の中にいた頃のような、嫌な寒気がしただけです」


砂漠を渡る熱風が、白銀の巨人の装甲を鳴らした。


誰かが、まだ“お袋”を、俺たちの命を喰らおうとしている。

それは食料だけではない。

俺たちの隣にいる『彼女たち』そのものを、闇へと引きずり戻そうとする予兆だった。

第二章では、「世界を壊した後、どう生きるのか」を描いていきます。

相変わらずシオンとセラは危機の連続です。


現在、週間で200人以上の方に読んでいただけています。

本当にありがとうございます。……が。

ブックマークが「0」のままで、私の執筆プラズマが静かに冷却中です。

もし「続き、ちょっと気になるな」と思っていただけたなら、ページ下部の【ブックマークに追加】を、ぽちっと一撃。その一押しで、このテリヤキは次章も焼き続けられます。

評価の【★】も、ひと粒で臨界突破します。どうか、燃料を。

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