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氷の執行官と毒蜜のAI~冷徹な指揮官、ついに告白する~

※銀髪の恋は成就。だが――都市は再起動を始めた。

次回第二章、突入。

◇第五回:燃え上がる銀髪◇


「……なっ……!? 待て! 置いていくな、ネメシス!」


グリードの叫びも虚しく、ネメシスはシオンの横に並び、楽しげに(無表情ながら瞳を輝かせて)調理の手順を覗き込み始めた。

シオンが「ほら、これ舐めてみろ」とスプーンを差し出すと、ネメシスは躊躇なく口に含んだ。


「……素晴らしい。私の演算モデルにない深みです、シオン」

「だろ? お前、センスいいな!」


その光景を数メートル先で見ていたグリードの全身から、凄まじい「冷気」が放たれた。


「……信じられん。……信じられんぞ! 私の、私のパートナーAIが、あのような脂ぎった男と親密に……! しかも、私の目の前で……不純な……あまりに不純な接触を……!!」


グリードの手帳を握る手が、ミシミシと音を立てる。


「……ネメシス! もう十分だ! 帰るぞ! 今すぐその『ニンニク』とやらの記憶を削除しろ! それは私の……私の美学に対する冒涜だ!」

「マスター、うるさいです。今、温度管理のデリケートな局面なのです。静かにできないのなら、あちらの電柱の陰で自作のポエムを音読して、自己を鎮圧してきてください」

「……っ……!!! 貴様……っ!!」


嫉妬。かつての執行官時代、感情抑制プログラムによって「不要なエラー」として処理されていたその熱い衝動が、グリードの脳内でオーバーヒートを起こしていた。


「……よかろう。そこまであの男の味が良いと言うのなら、私が……この私が、それを超える究極のソースを開発してやる! ネメシス、貴様のその高性能な味覚センサーに、私の……私の『情熱』を刻み込んでやるからな!」


グリードはシオンから無理やりレシピのメモを奪い取ると、銀髪を振り乱して自分のマンションへ猛ダッシュで帰っていった。


「……シオン。……あれが、あなたの言っていた『ヤキモチ』というバグですか?」

「ああ、重症だな。……けどよ、あいつ、あんなに必死なの初めて見たぜ」


数時間後。グリードのキッチンからは、爆発音と、そして「焦げたポエム」のような、この世のものとは思えない形容しがたい香りが漂ってきた。


「……ネメシス! 来い! 出来たぞ、究極の……『美学テリヤキ』が!」


現れたグリードは、エプロン姿(しかもフリル付き、リナの悪戯だろう)で、顔に煤をつけ、しかし瞳だけは異常なまでの光を宿していた。


「……。マスター。……その格好、……正直に申し上げて、……。……。……抱きしめたいほどに、間抜けで……可愛らしいです」

「……なっ…………!? 貴様、今、何と言った……!?」


◇第六回:マヨネーズより甘い、銀色の夜◇


グリードのマンションのキッチンは、戦場の跡のようだった。

テーブルの上に置かれたのは、グリードが自らの美学(と嫉妬心)の全てを注ぎ込んで完成させた、一皿の料理——「美学のテリヤキ・ポエム仕立て」だ。


「……食え、ネメシス。シオン・グレイスの粗野な味とは違う、魂の洗練をその舌で感じ取れ」


グリードは煤けた顔で腕組みをして尊大に言い放つ。だが、その指先は隠しようもなく震えていた。

ネメシスは無表情のまま、慎重に一口運んだ。


「……。……。……解析不能です」

「なっ、何だと!? 失敗したというのか!」

「いいえ。……甘みが強すぎて、私の糖分センサーが警告音を鳴らしています。……マスター、これは隠し味に何を入れましたか?」

「……。……蜂蜜と、黒糖と、……。……あとは、貴様が好んでいた最高級のマヨネーズだ。……文句があるか!」


ネメシスは、もう一口、今度はゆっくりと味わうように食べた。


「……文句などありません。……ただ、少しだけ、喉の奥が熱いです。……これが、『バグ』の味だというのなら、あなたの美学も……捨てたものではありませんね」


夜が深まり、窓の外には新生レグナスの静かな夜景が広がっていた。

グリードはベランダに出て、手帳を月光にかざした。そこには、今日一日中、書き直しては消し、書き直しては消してきた「一行」があった。


「……ネメシス。貴様は、私を『マスター』と呼ぶ。……だが、システムが崩壊した今、私と貴様の間に主従関係など存在しない」


ネメシスがグリードの隣に立ち、銀色の月光をその身に浴びた。


「ええ。論理的には、私はただのエーテル・リンクが創り出した“エーテリアン”……いえ、一人の女性であり、あなたはただの、ポエム好きの頑固な男性です」

「……ならば、……。……。……貴様に、新たな『個体定義』を与えてやる。……。……聴け」


グリードは手帳を閉じ、まっすぐにネメシスの瞳を見た。


「『夜を統べる銀の月。……孤独な旅路の終わりに、……見つけたのは、……共に歩む、光の軌跡……』」

「マスター。……それはポエムですか? それとも……」

「……プ、プロポーズだ! 察しろ、このポンコツAI!! 私は……私は、貴様がいないと、ポエムの一行すらまともに書けんのだ! 貴様という不純物がなければ、私の世界は……あまりに……あまりに退屈すぎる!!」


ネメシスは目を見開き、しばらく沈黙した。

彼女の脳内にある膨大な演算回路が、一瞬だけフリーズする。やがて、彼女はゆっくりと歩み寄り、グリードの煤けた頬に柔らかな手を添えた。


「……。……。エラー。……エラーです、マスター。……。……私の心拍数が、あなたのポエムのつたなさによって、許容値を超えました」

「……拙いだと!? 貴様、私の最高傑作を……」

「……。……ですが。……このエラーを、私は一生、修正アップデートしたくありません。……。……謹んでお受けします、私の……大切な、『パートナー』」


ネメシスが、その冷徹なイメージをかなぐり捨て、グリードの胸に顔を埋めた。

グリードは一瞬、硬直したように立ち尽くしたが、やがて不器用に、けれど愛おしそうに彼女の肩を抱き寄せた。


翌朝。シオンとセラがキッチンカーを走らせていると、広場のベンチに、奇妙な二人組が座っているのを見つけた。

銀髪を完璧に整えたグリードと、彼から贈られた漆黒のドレスを着たネメシス。

二人は一つの「特製テリヤキバーガー」を半分こにしながら、何やら言い合っている。


「……マスター。マヨネーズが頬についています。……。……ふふ、やはり私がいないと、あなたは何もできませんね」

「……黙れ! これは、美学的なアクセントだ!……。……。……。……。……拭け。……今すぐ、拭き取れ」


シオンはそれを見て、ニヤリと笑った。


「よお、グリード! 幸せそうじゃねぇか!」

「……っ!? シ、シオン・グレイス! 貴様、いつからそこに! 誤解するな、これは文化的な交流の一環で……!」

『……。……。マスター。……グリードさんの顔面紅潮率は九八%です。……「愛」というソースは、テリヤキよりも刺激が強いようですね』


セラの言葉に、広場は温かな笑い声に包まれた。

空には、どこまでも澄み渡る琥珀色の朝日が昇っていく。


不純で、不完全で、けれど最高に美味しい。

それが、彼らの日常だった。


その時、セラが一瞬フリーズする。


『……警告。エーテリアン中枢に外部アクセス』


ネメシスが顔を上げる。


「この波長……旧管理中枢のものです」


広場の空に、見えないヒビが走る。


【実体化権限:奪取申請】

【対象:セラ/オリジナル個体名:セラフィナ】


セラの輪郭が、一瞬だけノイズに崩れた。

同時刻、都市の地下。封鎖区画。モニターに浮かぶ数値。


【封印区画:解放率 3%】


九人の黒衣の人物。

その中央で、仮面を被った女が微笑んだ。


「……ようやくだ。エーテリアンの実体化が安定した」

「これで、回収は始まる」


モニターに映るのは、広場でうろたえるシオンとグリードたち。


「お前たちはまだ知らなくていい」

「この都市が“再起動”する日をな」


その瞬間。

セラの胸元に浮かぶ紋章が、強制的に発光した。


【SYSTEM: AUTHORITY TRANSFER 0.4%】


ネメシスの瞳がわずかに揺れる。


「……マスター。これは“奪取”ではありません。……“回収”です」


空が、音もなくひび割れた。

その亀裂は、誰の目にもまだ見えていない。


――続く。

次回、本編第二章「世界は救えたが、腹は減る」編突入です。

※明日16:30、感謝を込めて、第二章開始記念・ネメシスイメージイラスト公開!

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