氷の執行官と毒蜜のAI~氷雨の軒下、指揮官は体温を共有する~
※グリードとネメシスのストーリー第二話目です。
ニヤニヤしながら読んでください。
◇第三回:雨宿りと、プログラムの体温◇
ショッピング・モールの帰り道、新生レグナスの空が急変した。
ホログラムではない、本物の雲が太陽を覆い隠し、大粒の雨が真鍮色の街並みを叩き始める。
「……くっ、不吉な! 私の完璧なスケジュールを乱すとは、自然界というのはこれほどまでに無秩序なのか!」
グリードは買ったばかりのドレスの袋をコートの内側に隠し、廃墟と化した旧劇場の軒下へ駆け込んだ。
一歩遅れて、ネメシスもその隣に滑り込む。
人間としての「肉体」を得た彼女の肌は、雨に濡れて白く透き通り、小刻みに震えていた。
「マスター……。皮膚表面の温度が急速に低下しています。心拍数も不安定です。……これが、生物学的な『寒さ』という事象ですか」
「……当たり前だ、このポンコツ! 貴様はもう、熱を発しない金属の塊ではない。……ふん、全く。世話の焼けるAIだ」
グリードは悪態をつきながら、手帳を取り出そうとして……止めた。
今の状況でポエムを詠むのは、あまりに「美学」に反する気がしたからだ。
彼は舌打ちを一つすると、着ていた高級なロングコートを乱暴に脱ぎ捨てた。
「ほら、着ろ。汚すなよ、それは特注品だ」
「……マスター。あなたがコートを脱げば、あなたの体温維持機能が損なわれます。論理的ではありません」
「黙れ! 私の肉体は鍛え抜かれている。……それに、私の隣を歩く女が、震えながら水を滴らせているなど、私のプライドが許さん! いいから……早く着ろ!」
その瞬間、ネメシスの内部ログに“未定義の感情パラメータ”が自動生成された。
グリードは顔を背けたまま、コートをネメシスの肩に押し付けた。
大きすぎるコートに包まれたネメシスは、しばらくじっとしていたが、やがてコートの襟を鼻先まで持ち上げ、小さく息を吸い込んだ。
「……マスターの匂いがします。……紙のインクと、マヨネーズと、少しだけ……焦げたポエムの匂いです」
その“焦げた匂い”は、旧データベースには存在しない分類だった。
「……っ!? 貴様、余計なものを嗅ぐな! 削除しろ、今すぐその記憶をフォーマットしろ!」
雨は激しさを増し、冷たい風が吹き込んでくる。
グリードはシャツ一枚の背中を丸め、密かに歯の根を鳴らしていた。
「……マスター。……寒いです。論理を捨てて、提案します」
ネメシスが、コートの端を広げてグリードを招き入れた。
「何をしている、不潔だぞ!」
「『不潔』ではなく、『熱伝導による効率的な加温』です。……嫌ですか?
ならば、私はここであなたが凍死するのを、録画しながら見届けることにします」
「……。……。……仕方が、ない。貴様がどうしてもと言うのなら、協力してやろう。これも……緊急避難という名の美学だ」
グリードは観念したように、ネメシスの隣に座り直した。
コートの中で、二人の肩が触れ合う。
機械だった頃には感じられなかった、柔らかくて、けれど確かな「熱」。
「……マスター。……あったかいです。……シオンが言っていた『テリヤキの温かさ』の意味が、少しだけ分かった気がします」
「……あんな男と一緒にするな……。悪くはないな、この雨も」
グリードの声が、雨音に混じって小さく溶ける。
彼は手帳を取り出し、震える手でこう記した。
『銀の雨に閉ざされて。……二つの鼓動が、一つの沈黙を……編んでいく』
書き終えた瞬間、彼の視界の端に、ほんの刹那、白い雪原が重なった。
雪原の中央で、“彼自身”が、こちらを見ていた。
「マスター。……今の、少しだけ良いポエムですね」
「……。……。うるさい、黙って寝ろ、ポンコツ」
そう言いながら、グリードは自分を包む小さな熱を逃がさないよう、密かに腕に力を込めていた。
◇第四回:嫉妬のスパイスと銀髪の乱れ◇
雨上がりの昼下がり。
復興した中央広場では、シオンのキッチンカーがいつものように香ばしい煙を上げ、行列を作っていた。
一見、都市は平和だが、お袋の庇護下を離れた今、ゆっくりと滅びの道を転がり始めている。
「よお、グリード! 相変わらずそのキッチリした格好、肩凝らねぇか? ほら、ネメシスにも新作の試作を食わせてやってくれよ!」
シオンの無遠慮な声が響く。
グリードは眉間に皺を寄せ、ネメシスを自分の背後に隠すように一歩前に出た。
「……シオン・グレイス。貴様のその『不純物』を公共の場で撒き散らす行為、私の審美眼によれば死罪に値する。……ネメシス、行くぞ。この男の騒々しさは伝染する」
だが、ネメシスは動かなかった。
彼女の視線は、シオンが手に持っていた琥珀色の瓶に釘付けになっていた。
「マスター。……待ってください。あの瓶から検知される香気成分……。あれは、以前私が失敗した『マヨネーズのコクの深化』を解決する鍵だと思われます」
「……あ? ああ、これか! これは隠し味の『焦がしニンニク醤油』だ。ネメシス、興味あんのか? よし、特別に配合を教えてやるよ。こっち来いよ!」
「はい、シオン。……マスター、私は情報のアーカイブ化(ついでに試食)をしてきます。あなたはそこで、その難解なポエムでも推敲していてください」
グリードは一人取り残され、自作のポエム作りにも集中できず、途方にくれた。
彼のバイタルは安定しているはずだった。
だが“理由不明の出力変動”が、胸部に小さく記録される。
そして、彼の内部ログに、
【感情分類不能:優先度上昇】の警告が表示された。
同時に、旧管理中枢からの同期信号が、“彼の名”を呼んだ。
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