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氷の執行官と毒蜜のAI~冷徹な指揮官は彼女にだけ誤作動する~

セラの実体化技術を流用し、ネメシスも“こちら側”へ。

ただし彼女たちは人間ではない。

――エーテリアン。

境界線の向こうから来た存在です。

◇第一回:銀髪の暴君と、お節介な「実体」◇


『お袋』の支配が終わり、レグナスに本当の空が戻ってから数ヶ月。

旧開発局の執務室を改装した住居で、グリードは深刻な顔で手帳を見つめていた。


「……解せぬ。なぜ、この一行が決まらぬのだ。……『朝露の雫、君の瞳に……』。……これではあまりに凡庸、美学の欠片もない!」


バサァッ! とグリードが手帳を閉じ、銀髪を苛立たしげにかき上げる。

そこへ、一人の少女が盆を手に、足音も立てずに近づいてきた。


「マスター。その『朝露の雫』というフレーズは、今朝私があなたの頭に霧吹きでかけた寝癖直しの水滴を指しているのですか? であれば、美学ではなく単なる湿気の問題です」


淡々とした、しかしどこかトゲのある声。それは、実体化し、シオンの推薦(余計なお世話)でより「人間らしい」外見へとアップデートされたネメシスだった。


「……ネメシス! 勝手に入るなと言ったはずだ! それに、その言い草は何だ。貴様は私のパートナーAIだろうが!」

「……訂正を。現在は『パートナー(仮)』、兼『生活破綻防止用家政婦』です。ほら、ポエムを捏ねくり回す前に、これを摂取してください。あなたのバイタルは、今にも低血糖で『美しくない卒倒』を演じようとしていますよ」


ネメシスの手には、山盛りのキャベツの千切りと、その上にこれでもかと網目状にかけられた……マヨネーズがあった。


「……な、なんだ、この白い不純物の塊は……!」


グリードが、汚らわしいものを見る目で皿を指差す。


「シオン・グレイスから提供されたレシピです。『マヨネーズは正義。テリヤキの焦げを包み込む慈愛の白濁』だそうです」

「あの男の言葉を信じるなと言っただろう! 私は潔癖なのだ。このような、脂質と卵の乳化という退廃的な液体を、私の清浄な肉体に入れるわけには……」

「……。そうですか。……せっかく、マスターの口に合うよう、酸味の比率を〇・〇二%単位で調整したのですが。……無駄でしたね。捨ててきます」


ネメシスが、感情の読めない瞳で皿を下げようとする。 その瞬間、グリードの指が、ネメシスの細い手首を掴んだ。


「……。……。……捨てるのは、美学的ではないと言っているのだ。資源の無駄は、かつての『お袋』の教えにも反する」

「……。では、食べるのですか?」

「……毒味だ! 貴様が変なプログラムを混ぜていないか、私が直々に確認してやる! 勘違いするなよ、ネメシス。私は、貴様の料理が食べたいわけではない!」


グリードは、震える手でフォークをとり、マヨネーズの絡んだキャベツを口に運んだ。 舌の上で広がる濃厚なコクと、絶妙な酸味。

彼の生体ログに、旧『お袋』時代には存在しなかった“味覚刺激による快感閾値の上昇”という項目が、静かに記録された。


「…………っ。……。……。……ふん。悪くない。……いや、むしろ、……刺激が強すぎて不快だ。これでは、次のポエムの韻がマヨネーズに侵食されてしまうではないか」


そう言いながらも、グリードのフォークは止まらない。

ネメシスはその様子をじっと見つめ、ほんの、ほんのわずかに口角を上げた。


「……マスター。耳まで赤くなっていますよ。マヨネーズによるアレルギー反応ですか? それとも、……『美味しい』というバグが、あなたの誇り高いシステムを制圧したのですか?」

「うるさい! これは部屋の温度が高いせいだ! 出ていけ! 今すぐ私の視界から消えろ、このポンコツAIめ!」

「はいはい。……おかわりは、キッチンのジャーに入っていますから。……ツンデレの処方箋は、多めの炭水化物だとシオンが言っていましたよ」


ネメシスが部屋を出ていくと、グリードは深いため息をつき、

空になった皿をじっと見つめた。


「……。……。……ポンコツは、私の方だな」


彼は再び手帳を開き、震える文字で書き込んだ。


『純白の雪原。……冷たさの中に、……微かな熱を、隠して』


その瞬間、ネメシスの視界の端に、旧管理中枢から発せられる微弱な同期信号が一瞬だけ走った。

彼女は何事もなかったかのように、そのログを“未整理フォルダ”へと隠した。


◇第ニ回:ショッピング・モールは戦場なり◇


「ネメシス。貴様に命じる。……その、継ぎ接ぎだらけの家政婦のような格好を今すぐ改めろ。我々が街を歩く際、私の美学に泥を塗ることは許されん」


グリードは鏡の前で完璧に整えた銀髪を指でなぞりながら、尊大に言い放った。対するネメシスは、機能性だけを追求したグレーの作業用ワンピースのまま、無表情に首を傾げる。


「マスター。私の外装(服)は、あなたの生活をサポートする上で最適な可動域を確保しています。それに、私の美醜を判断する機能は、あなたの中にしかないはずですが」

「……っ! 黙れ! 貴様が『人間』としての実体を得た以上、外見は公的なステータスだ。……行くぞ。新生レグナスのショッピング・モールだ。私が直々に、貴様に相応しい『鎧』を選んでやる」


グリードは顔を背け、足早に歩き出した。その耳がわずかに赤いことを、ネメシスの高性能センサーが見逃すはずもなかった。


再開発されたショッピング・モールは、かつての無機質な管理施設とは思えないほどの喧騒に包まれていた。だが、天井の一角だけは旧管理システムの監視レンズが撤去されず、黒いまま沈黙している。

グリードは高級ブティックの前に立つと、棚から次々と服を手に取り、ネメシスに押し付けた。


「これはフリルが過剰だ。……これは色が野蛮すぎる。……よし、この漆黒のドレスにしろ。夜の静寂を纏う貴婦人のように、私の隣を歩くがいい」

「了解しました。……ですがマスター、私の熱排気効率を考えると、もう少し露出の多いデザインの方が……」


ネメシスの内部センサーが、旧周波数帯域の微弱なノイズを拾う。

彼女はそれを“誤差”として処理し、優先順位を最低に設定した。


「……っ! 露出だと!? 破廉恥なことを言うな! 貴様の肌は、私の……いや、公共の目に晒すべきではない。いいからそれを着ろ!」


試着室に入ったネメシスを待つ間、グリードは落ち着かずに手帳を取り出し、またもやポエムを書き殴る。

『閉ざされたカーテンの向こう、未知の蕾が……』。

そしてカーテンが開いた。

漆黒のシルクを纏ったネメシスは、まるで月光に濡れた彫刻のように美しかった。だが、彼女は不満げにスカートの裾を弄っている。


「マスター。この衣装は、私の太ももにある予備のナイフホルダーを隠してしまいます。実戦向きではありません」


「……。……。……。……可憐な…」


「はい?」

「な、なんでもない! 似合っていると言ったのだ! 勘違いするな、服の出来が良いだけだ!」


買い物を終えた二人の前に、子供たちが列を作るアイスクリームの屋台が現れた。

母子が何か話している。


「ねぇママ、この匂い……なんか懐かしいね」

「……そんなはずないでしょ。あなたは生まれてからずっと無味だったんだから」


ネメシスが説明する。


「マスター。シオン・グレイスの記録ログによれば、糖分と冷感の同時摂取は、知性体のストレス値を三〇%低下させる効果があるとのことです」

「あの男の名を出すなと言っているだろう。……だが、貴様がそこまで言うのなら、仕形がない。一つだけ買ってやる。……もちろん、私の分など不要だ」


数分後、グリードは広場のベンチに座り、ネメシスが「あーん」と差し出してきたスプーンを、真っ赤な顔で睨んでいた。


「……何の真似だ」

「『カップル』という社会的役割を演じる上での、標準的な行動様式です。拒否しますか? それとも、あなたの誇り高い美学が、バニラの甘みに屈するのを恐れているのですか?」

「……。……。……ふん、挑発に乗ってやろう。毒味だ!」


その香りは、彼の記憶には存在しないはずのものだった。

グリードが勢いよく食らいついた瞬間、冷たさでこめかみがキーンと鳴った。


「……ぐ、ああああっ!? 脳が……脳が洗われる……!」

「マスター、それを世間では『アイスクリーム頭痛』と呼びます。……。……ふふ。やはりあなたは、ポエムを書いている時以外は、計算外の行動ばかりですね」


ネメシスが、初めて人間のような、悪戯っぽい微笑みを浮かべた。

グリードはその顔を直視できず、溶け始めたアイスクリームを必死に口に運び続けた。


「……勘違いするなよ、ネメシス。私は……ただ、溶けるのがもったいないと思っただけだ!」


だがその時、グリードは初めて“白昼夢”を見た。

――焦げた醤油の香りが、白い雪原を溶かしていく夢を。


同時刻。


ネメシスの内部ログに、再び例の信号が走る。


【旧管理中枢同期コード:再接続試行】


【権限照合――失敗】


【代理管理者認証――検索中】


【外部干渉確認】


【発信源――未確認】


ネメシスは一瞬だけ、動きを止めた。


「どうしたんだ、ネメシス?」


グリードが不機嫌そうに振り返る。


「……いいえ、マスター。

ただのノイズです」


彼女はログを“削除”した。


だが削除されたはずの信号は、

ショッピングモールの天井、

撤去されなかったあの黒いレンズの奥で――


静かに、再点灯した。


その瞬間、レグナスの空のどこかで、

かつて焼かれたはずの“管理者”が、再び目を開いた。

【旧称:おマザー――起動率 3%】

正直に言います。

今、この物語は試されている最中です。


読者数は増えています。

でも、まだブックマークがありません。


もしこの世界やキャラクターに少しでも可能性を感じていただけたなら、どうか【+】を押していただけないでしょうか。


あなたの一押しが、この物語の未来を決めます。

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