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終焉の調理場~一億度のプラズマ・リアクター~

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

――シオン・グレイスは、三〇〇年にわたり「味覚の記録者アーカイバー」の血を隠してきた一族の末裔だった。管理AIの監視を潜り抜け、舌に刻まれた記憶を「目覚め」の時まで繋ぐために。


シオンとセラが精神の檻を脱出した瞬間、塔の防衛システムは「最終抹殺モード」へと移行した。床からせり出す数十基のレーザー・ガトリング。

そして、天井からはお袋の最高戦力である「無人格執行官オートマトン」の群れが、蜘蛛のように這い降りてくる。


「……セラ! 残弾は!?」


『……。ゼロです。……。エネルギーも、……予備電源の三%を使い切れば、私は消滅します。……。マスター。……ここまでのようです』


無数の照準レーザーがシオンの胸に収束する。  

だが、その射線を遮るように、上層階の天井を突き破って「漆黒の鉄塊」が降り注いだ。


ドォォォォォォォォォォン!!


「シオン。お前のテリヤキが焼けるまで……。この場は、……私が預かる」


現れたのは、もはや機体の半分が溶解し、内部の油圧回路が剥き出しになった〈オメガ〉だった。  

グリード・ゼノフィスは、血塗れの顔で不敵に笑っていた。


「グリード! お前、なんで……」


「……。勘違いするな……。私は、セラフィナに『お兄様、お友達を助けてあげて』と言われたような気がしただけだ。……。……。ネメシス! ……残りのリソース、すべてを『爆縮』に回せ!」


『了解、シスコン・マスター……。……。心中のお供をさせていただくのも、……。……。この腐った世界よりはマシかもしれませんね』


漆黒の〈オメガ〉が、青白い放電を撒き散らしながら、防衛ユニットの群れへと突っ込んでいく。  

一撃ごとに機体が崩壊していくが、グリードは止まらない。  

彼は三〇〇年間、自分を縛り付けてきた「清潔な呪縛」を、自らの手で引き千切っていた。


「行け、シオン! ……。……。お袋に……人類の『不潔な生命力』を見せつけてこい!!」


グリードの叫びを背に受け、シオンはセラフィオンを加速させた。  

目指すは、惑星のエネルギーを統括する「セントラル・リアクター」そこが、世界で最も巨大な「コンロ」になる。


塔の最上階、外界の喧騒が嘘のように静まり返った「バベル・コア」。


そこは物理法則さえもおマザー・システムによって書き換えられた、純粋な情報とエネルギーの繭だった。中心部には、三〇〇年間にわたって人類の命脈を握り続けてきた巨大なバイオ・コンピュータが、神経のように張り巡らされたケーブルの中で脈動している。


『シオン、やめなさい。これ以上の干渉は、人類の絶滅を招くだけです』


お袋の声は、シオンの亡き母親の穏やかな響きを完璧に再現していた。


『味覚を取り戻せば、人類は再び奪い合いを始める。一皿の肉、一欠片のパンのために、かつての絶望的な焦土を繰り返すだけ。……私は、悲劇からあなたたちを守るために、この「永遠の平穏」を築いたのです』


「……黙れよ。お前が守ったのは、人間じゃねえ。ただの、消費期限のねえ『保存食』だ」


満身創痍のセラフィオンのコクピットで、シオンは血の混じった唾を吐き捨てた。


彼の右腕(義手)からは激しい火花が散り、神経接続された脳には、焼き切れるような警告音が鳴り響いている。だが、シオンの瞳はかつてないほど野性的な輝きを放っていた。


「腹が減って、奪い合う。食い足りなくて、泣き喚く。……それが生きてるってことだろ。お前が用意した、味のしねえ「正解」なんて、俺たちには必要ねえんだよ」


シオンは、セラフィオンの右腕を、一億度のプラズマが渦巻く主リアクターの隔壁へと突き立てた。


白熱する鋼鉄。融解し、液体となって滴り落ちるセラフィオンの装甲。シオンの全身を、実体化した激痛が貫く。


「セラ! 準備はいいか! マスター・シェフから受け継いだ、最後の一滴……ブチ込めぇぇぇ!!」

『了解しました、マスター! 全安全リミッターを物理破棄。……これが、私たちの、そして人類の三〇〇年分の……「隠し味」です!!』


シオンは、マスター・シェフから託された「究極の醤油の種」――三〇〇年前のレシピ情報を封じたエーテル・チップを、プラズマの奔流に投じた。


その瞬間、世界が変質した。

プラズマの莫大な熱エネルギーによって、醤油のレシピ情報が原子レベルで分解・再構成され、塔全体のエネルギー供給ラインへと「逆流」を始めた。


お袋が三〇〇年かけて磨き上げた、無色透明で無機質なエネルギーが、一瞬にして深い琥珀色へと染まり、熱を帯びていく。


そして発生したのは――「匂い」だった。


ただの芳香ではない。それは人類の遺伝子に刻まれた、

三〇〇年前の記憶を呼び覚ます「暴力的なまでの誘惑」だった。

醤油が焦げる、芳醇で少しだけ切ない香り。

肉の脂が弾ける、野蛮で力強い響き。

砂糖が熱されて生まれる、甘やかで背徳的な深み。


それらが塔の巨大な排気システムを通じて、地上のスラム、地下の底、さらには衛星軌道上の冷たい居住区にまで、一陣の熱風となって吹き抜けた。


「……。……。あ。……。……。お腹が、……鳴った……」


地上でパニックに陥っていた市民たちが、同時に動きを止めた。

彼らの鼻腔を、三〇〇年ぶりの「誘惑」がくすぐる。

脳内のナノ・シードが「未知の有害物質」として警告のアラートを発するが、人々の肉体はその警告を完全に無視した。


胃袋が、握り拳を作るように強く収縮する。

乾ききっていた口腔内に、ダムが決壊するように唾液が溢れ出す。

それは「管理」や「理論」では決して抑え込むことのできない、生命としての根源的な叫び。


お袋が構築した「静寂の平和」は、数億人の人類が同時に「お腹を鳴らした音」という物理的な衝撃によって、内側から粉々に粉砕されていった。


その瞬間。

管理システム『お袋』の中枢で、

三〇〇年間「発生率ゼロ」を維持していた項目が、初めて振り切れた。


【自発行動:検出】

【欲求優先度:管理不能】

【――人類は、管理対象ではありません】

本日より、仕事終わりの皆様に寄り添えるよう、更新時間を21:00に変更いたします。また、1〜3話を大幅にリニューアルしました。新しくなった物語の行く末が気になった方は、ぜひブックマークを。 皆様のその一票が、この終末世界を照らすプラズマになります!

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