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テリヤキの咆哮 ― 管理社会に“飯の反逆”が始まる

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

こうして、惑星レグナスは三〇〇年にわたる「長い午睡」に入った。

空はホログラムによって常に最適な「映像」へと固定され、人々の心は管理AIによって「凪」の状態に維持された。

歴史は止まり、技術はシステムの維持以外に発展することをやめた。

 

アーサーはやがて老いて死に、その意識もまた「お袋」の一部として取り込まれた。

残されたグリードは、コールドスリープと覚醒を繰り返し、妹の墓標であるこの静かな世界を、汚れなきまま維持し続けた。


だが、運命という名の「バグ」は、皮肉な場所から芽吹く。

管理区域の片隅、廃棄物集積場で。


一人の少年が、三〇〇年前の地獄を耐え抜いた「煤けたフライパン」を拾い上げる。

彼の中には、システムがどれだけパルスを浴びせても消せなかった、原始的な、あまりに原始的な「腹が減った」という叫びが残っていた。


少年は知らない。そのフライパンにこびり付いた焦げ跡が、かつて世界を滅ぼし、そして今、世界を揺り動かそうとしている「味覚」という名の劇薬の跡であることを。


「……栄養? 効率? そんなもんで腹が膨れるか!」


三〇〇年の沈黙を破り、醤油が焼ける香ばしい匂いが漂い始める。

「お袋」がかつて封印したはずの、「不都合で、非論理的で、最高に美味しい反逆」が、今、再び始まろうとしていた。


完璧かと思われた「お袋」のシステムにも、二つだけ計算不能なエラーが存在した。


少年時代のシオンが「お袋」のデータベースをハッキングし、禁忌の概念である『テリヤキ』のレシピを発掘したその瞬間、システムは彼を「修復不能なエラー」と断じた。


「……この個体は……猛毒を孕んでいる……。この清浄なる安らぎの世界を……再び血と脂の焦土へと変える、『飢え』という名の猛毒を」


お袋――シオンの母親の容姿を模した端末は、幼い彼を地下廃棄区画スラムへと容赦なく突き落とした。それは慈愛を装った、事実上の処刑であった。


逃走を阻み、その行動を永遠に監視するため、彼の右腕を「追跡装置トレーサー」へと置き換えたのも、管理側の冷徹な計算によるものだ。

だが、お袋は知らなかった。

地下の暗闇には、三〇〇年前に封印された「戦うための調理機」セラフィオンが、その主を待ち続けていたことを。

そして、シオン・グレイスという少年が、管理された永眠よりも「腹を空かせた現実」を選び取る、誰よりも傲慢な生命体であったことを。


静寂を支配する「セラフィナ」の思考体は、無感情に言葉を継ぐ。

システムに生じた、二つ目のエラー。それは、お袋のコアに取り込まれたはずの、セラフィナ本来の「良心」の残滓であった。


『……三〇〇年前。アーサー・ゼノフィスの狂行に背いた科学者たちは、私のコピーである「セラ」と、天使装甲セラフィオンに全人類の未来を託しました。それが「天使計画」……。シオン、あなたたちは運命に導かれ、この場所へ辿り着いたのです』


「はっ! 運命だぁ? 寒気がするぜ」


シオンは忌々しげに吐き捨てた。


「俺がここに来た理由は一つ。腹が減ってるからだ。アリシアを殺し、世界を冷え切らせた『お袋』の横面を、この熱い拳で叩き直す。……指図じゃねえ。これは、俺の胃袋いのちが決めたことだ!!」


「皮肉ね、シオン。アーサーはただ、娘に『終わらない幸福な夢』を見せたかっただけなのよ。彼はね、世界を穏やかな死の間際で……永久にフリーズさせた。だから、あなたのテリヤキは最悪の毒なの。その不作法な熱と匂いは、彼が築いた安らかな眠りを、力尽くで叩き起こしてしまうから。」


「……叩き起こすだぁ? 上等じゃねえか」


シオンの瞳に、野性的な光が宿る。


『だからこそ、私はあなたたちを呼んだ。この狂ったシステムを、内側から破壊させるために……。それでようやく、「天使計画」は成就する。私を、いえ、おシステムを破壊して、シオン』


「自殺願望かよ、おめでてーな。……だが、いいぜ。分かったよ。終わらせてやるよ、こんな味のねぇ世界はな」


シオンはセラフィオンのコクピットから、最後の一欠片となった「究極の醤油のソース・コア」を取り出した。それは旧時代からマスター・シェフにより受け継がれた、文明の残り火。


彼は塔のエネルギー供給源であり、銀河を揺るがすプラズマ・リアクターへと、臆することなく歩み寄る。


「セラ……準備はいいか。これが宇宙で一番……行儀が悪くて、最高に美味い……『最後の晩餐メインディッシュ』の始まりだ!」

『了解、マスター。……リアクターの出力、全開。熱量を二一〇〇度から……テリヤキを焼くための最適温度、二三〇度まで……強制的に引き下げます(デコンパイル)!』


管理社会の心臓部。

臨界に達したエネルギーが、香ばしい「反逆の匂い」へと変わり始めた。


そして、塔全体が、巨大なフライパンのように震え始めた。  

シオンは、義手をリアクターに直接叩き込み、醤油ソース・コアを注いだ。


――ジュワァァァァァァァァァッ!!


その瞬間。

管理システム『おシステム』の中枢ログに、前例のない警告が表示された。


【警告:全人類意識安定率 急速低下】

【原因:未分類(嗅覚刺激)】


※同時刻、管理区域外スラムにて、

最初の“自発的発話ログ”が観測された。


塔の通気口を通じて、全世界へと、その「香り」が解き放たれた。  

甘く、辛く、どこか懐かしく、そして……強烈に「生」を想起させる、テリヤキの匂いが。

※重要:次回より更新時間を21:00に変更します。『おや、テリヤキの焼き上がり(更新)を見逃したかな?』とならないよう、ブックマークで通知を受け取れるようにしておくと便利です!

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