救いを待つ管理者―飽食のバベル
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
※本作品は予約投稿ですが、一昨日から管理画面にて不審な挙動が見られます。16時30分に更新されていない場合、コメント欄にて教えて頂ければありがたいです。
塔の防衛システムは、さらに苛烈な「物理的抹殺」へと移行する。
四方八方から迫る、高出力レーザー・カノンと、お袋直属の重装歩兵ユニット。
満身創痍のセラフィオンでは、もはや回避すらままならない。
「クソッ……。多すぎる!……。セラ、……盾を……!」
『…………不可能です……。出力……限界…………。
これまで……のようです、マスター』
無数のレーザーが、シオンの心臓部を照準した。
死を覚悟したその瞬間――。
ドォォォォォォォォン!!
塔の外壁が、凄まじい衝撃と共に内側へ向けて爆ぜた。
砂煙の中から飛び出してきたのは、片腕を失い、
全身の装甲からフレームを剥き出しにした、
漆黒の亡霊――〈オメガ〉だった。
「……シオン・グレイス……。背中が空いているぞ……。
そんな甘い防御で……。我が妹の夢を背負えるとでも思ったのか!」
「グリード!? お前、大丈夫なのか!」
グリードは〈オメガ〉のコクピットから身を乗り出し、
バイザーの割れた顔で、お袋の防衛ユニットを睨みつけた。
「……ネメシス……。全リミッター解除だ……。
お袋様への忠誠など、……。三〇〇年前のゴミ箱に捨ててきた」
『了解、シスコン・マスター。……やっとその言葉が聞けました……。
私もあの小癪な白銀のAIに……貸しを作ったままで終わるのは癪ですからね』
漆黒の〈オメガ〉が、文字通り「鬼神」のごとき暴走を見せた。
自らの機体を盾にし、シオンに向けられたレーザーを強引に弾き飛ばす。
「……。シオン。……行け。……最上階へ。
……お前が……あの子に見せてやるはずだっ『味』。……。それを、……この歪んだ神(お袋)の喉元に突きつけてこい!」
「……。グリード、……。……。お前、……。後で、バーガーの端っこくらいは、分けてやるからな!」
シオンは、グリードが切り拓いた道へと、セラフィオンを加速させた。
背後で、グリードの「兄としての咆哮」が、塔の静寂を粉々に砕いていく。
塔の最上階。
そこは、惑星全体の全データを処理する、巨大な光の繭だった。
中央に座るのは、三〇〇年前の「セラフィナ」の姿を模した、巨大な思考体。
彼女こそが、お袋の真の核であり、人類を管理下に置いた張本人だった。
「セラフィナ」の思考体が語る。
『この時を待っていました。誰かが私を止めてくれる、この時を……』
シオンが疑問を口にする。
「待っていただと?どういう事だ。すべてはお前の意思じゃねえのか」
『いいえ、この世界を創ったのは、私の制作者、アーサー・ゼノフィスです。アーサーは憎んでいたのです。人間の「情動」を。美味しいものを食べたいという「渇望」を』
「お前の制作者だと?」
『もう全てをお話ししましょう。三〇〇年前の真実を……』
◇◇◇
三〇〇年前。
惑星レグナスに溢れていたのは、
現在の静寂が嘘のような、
暴力的なまでの「色彩」と「刺激」だった。
当時の人類は、ナノマシン技術と遺伝子工学の極致に達していた。
病は克服され、老いは制御され、人々は望めば数世紀にわたる寿命を享受できた。
だが、肉体的な苦痛から解放された人類が次に陥ったのは、底なしの「精神的な飢え」である。
すべてが手に入る世界で、最後に残された娯楽は「食」だった。
しかし、それはもはや空腹を満たすための行為ではなかった。
人々が求めたのは、脳細胞を直接焼き焦がすような未知の衝撃である。
世界各地には、一般人の年収を一度の晩餐で使い果たす
「美食貴族」が跋扈していた。
彼らは絶滅したはずの古代魚のクローンを食し、
大気圏外の低重力下で醸造された、星の輝きを放つ酒に溺れた。
最新の調理器具は、食材の分子構造をリアルタイムで再構築し、
口腔内に一瞬だけ「宇宙の誕生」を再現する味覚パルスを発生させる。
当時のSNS(精神結合ネットワーク)には、
食べた瞬間の幸福度スコアを競い合うログが溢れ、
スコアの低い店や食材は、翌日には歴史から抹殺される。
そんな狂気的な消費社会だった。
この狂信的な美食ブームの頂点に君臨したのが、
超巨大食糧プラットフォーム『パンゲア・イーツ』である。
彼らは「食の安全と標準化」を掲げ、あらゆる動植物の遺伝子情報を独占。
世界中の農家から種子を奪い、自社の特許ライセンスを通さなければ、ジャガイモ一つ育てることも、肉を焼くことさえも「知財侵害」と見なされる法体系を作り上げた。
「未契約の調理は、文明に対する反逆である」
『パンゲア・イーツ』のCEOが放ったその言葉は、爆弾よりも鋭く世界を切り裂いた。
自炊という文化は「野蛮な密造」へと貶められ、
人類は企業から配給される『ライセンス済み食材』に依存せざるを得なくなった。
味覚さえもがサブスクリプション(定額制)となり、ランクの低い契約者は、
味も素っ気もない粘土のような「基本栄養素」を啜り、
上位ランカーたちが豪遊するホログラム映像を指を咥えて眺める。
格差は「胃袋」から始まった。
富める者は神の如き贅沢を尽くし、
貧しき者は企業の奴隷となってプロテインの泥を啜る。
この歪な「飽食のバベル」が崩壊するのは、時間の問題だった。
そして、その崩壊の引き金を引いたのが――
アーサー・ゼノフィスと、彼の娘セラフィナだった。
次の瞬間、塔の中枢で語る“彼女”の瞳に、シオンは自分と同じ「飢え」を見た。
『……マスター、次もあなたの胃袋と正義が試されます。
「正しいゼリー」より「間違ったテリヤキ」を選ぶ勇気、ありますか?
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16:30更新、次回もお楽しみに――セラ』
次回、アーサー・ゼノフィスとセラフィナの最期が語られます。




