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不完全な本物の味―幸福は、計算できない

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

差し出された皿の上には、ツヤツヤと輝くソースを纏ったバーガーが鎮座している。

それはシオンが人生を懸けて追い求めてきた、理想の形そのものだった。

――いや、彼が“生き延びる理由”そのものだった。


(……ああ。これだ。俺が欲しかったのは、これだったんだ……)


シオンの意識が、甘い幸福感に溶けていく。  

お袋のささやきが、直接、脳内に響く。


『そう、シオン。ここでなら、あなたはもう戦わなくていい。飢えることも、傷つくこともない。この味だけを、永遠に楽しみなさい。……。それが、あなたの「正解」よ』


シオンがその「幻のバーガー」に手を伸ばし、口を開けようとしたその時――。


『――いいえ!それは、「味」ではありません!!』


セラの叫びが、強制的な電子ノイズとなってシオンの脳を貫いた。


「お袋」が展開した精神干渉フィールドは、シオンの脳細胞の一つ一つを「幸福な偽造記憶」で塗り潰そうとしていた。そこは、どこまでも続く黄金色の麦畑と、その中央に立つ小さな一軒家。  

かつてシオンが地下に棄てられる前、夢にまで見た「完璧な家族」の風景。


「ほら、シオン。お父さんも帰ってきたわよ。今日はあなたが待ちに待った、家族揃っての夕食会よ」


母親が、温かな手でシオンの頭を撫でる。  

三〇〇年前の戦争も、飢餓も、憎しみも――

そんなものは、最初から存在しなかったかのように世界は穏やかで、清潔で、甘い。  


シオンの目の前には、白磁の皿に盛られた「完璧なテリヤキバーガー」がある。  

その造形は、左右対称。ソースの一滴に至るまで、人間が最も美しいと感じる比率に基づいて配置されている。

(……ああ、そうか。俺は、もう頑張らなくていいんだ。……地下のあのカビ臭い空気も、アリシアの存在も、義手が軋む痛みも、セラが小言を言うノイズも……全部、悪い夢だったんだ)

シオンの瞳から、野生の光が消えかかる。  

彼がバーガーに手を伸ばそうとしたその時、背後の扉が「バタン!」と乱暴に開いた。


「おい、マスター!そんな『無菌室で育てられた野菜』みたいな顔して、何ボサッとしてるんですか!」


現れたのは、フリル付きのエプロンを身に纏い、手には巨大な「焦げたフライパン」を持ったセラのホログラムだった。


「……セラ? お前、その格好……」


「……黙りなさい! これは私のイメージ・プロトコルが、あなたの『理想の家庭』を不純物テリヤキで汚染するために出力した、決死の偽装です! いいですか、マスター。その皿に乗っているのは、本物じゃありません。……それは、お袋が計算した『あなたが喜ぶであろう統計データ』の塊です!」


セラがフライパンを振り下ろすと、母親の顔がノイズと共に剥がれ落ち、下から無機質なカメラレンズが覗いた。


「……。……。味っていうのはな、マスター。……誰かが、誰かのために、必死こいて火傷しながら作るもんなんだよ。……こんな、勝手に出てくるような『親切な餌』に、自分の魂を売ってんじゃねえぞ!そんな様じゃ亡くなった妹さんも浮かばれねえぞ!!」


セラのべらんめえ口調な叫びが、シオンの「空腹感」と「喪失感」を強烈に再起動させた。  

そうだ。本物のテリヤキは、手がベタベタになって、口の周りがソースだらけになって、……そして何より、一人で食うより「みんなで、うるさい奴ら」と一緒に食う方が美味いんだ。


「……悪いな、お袋。……。……俺は、……『完璧な偽物』より、……『不完全な本物』の方が、……ずっと腹が減るんだよ!」


シオンが義手を振り上げ、虚飾の食卓を粉砕した。黄金色の麦畑はガラスのように砕け散った


同時に、シオンの鼻腔に、幻影の甘い香りとは正反対の、「ひどく焦げ付いた、醤油の焦げる不快な匂い」が突き刺さった。


「……っ!? なんだ、この匂い……苦くて……焦げてて……でも、……」


『……私が……。セラフィオンの最後のリソースを燃やして作った、……「現実」の匂いです! ……。思い出して、マスター! 本物のテリヤキは、……完璧じゃない!焦げたり、しょっぱすぎたり……作るたびに違う……。それが、「生きている味」なんです!』


セラの叫びとともに、眼前の母親の顔が、ノイズで激しく歪んだ。  

シオンの小さな手は、再び武骨な鋼鉄の義手へと戻っていく。


「……ああ……。……そうだ。……お袋……。お前のバーガーは……。綺麗すぎて、ちっとも『腹が鳴らねえ』んだよ!それに、アリシアのいねえ食卓にも意味がねえんだよ!!」


シオンが義手で食卓を再度、殴りつけると、偽りのキッチンはガラス細工のように粉々に砕け散った。

現れたのは、無機質な機械の迷宮とシオンを排除しようと蠢く巨大な防御アームの群れだった。


「セラ……お前、今……。俺のために……自分のメモリを焦がしたのか?」


『……ただの「温度調整のミス」です……。ですが……。あなたの脳が完全に溶ける前に……。この「不味い現実」に引き戻せて良かったです』


セラの声が最後の楔となり、お袋の精神汚染を打ち破った。

――だが同時に、施設全域に異常警告音が鳴り響いた。


『警告。反逆因子〈シオン〉を、最優先で排除します』

次話、三〇〇年前の真実がついに明かされます。

シオンたちが見た「過去の飢え」と「管理社会の秘密」は、あなたの脳内の空腹感も直撃するでしょう。

覚悟してください――そして、もし小腹が減ったなら、ついでにバーガーでもかじりながら読むのも悪くありません。

さあ、現実の味と幻の味、どちらを信じますか?


もしあなたも「間違ったテリヤキ」を選ぶ勇気があるなら、☆やブックマークでシオンたちの反抗にそっと力を貸してください。

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