あり得たはずの幸福。―精神干渉(キッチン)の罠―
※本編後に、記録更新のご報告があります。
シオンが母親の影と対峙する傍らで、
セラは自らのシステム内に異常な干渉を受けていた。
塔内のメインホストから、彼女の元となった少女、セラフィナ・ゼノフィスのオリジナルの人格データが、濁流のように流れ込んできたのだ。
『……あ。……。あ、……。……。ああああああぁぁぁっ!!』
「セラ!?どうした、しっかりしろ!」
セラのホログラムが激しく明滅し、ノイズが走る。
彼女の脳裏を過るのは、三〇〇年前、自邸のベッドで兄・グリードに看取られながら息を引き取ったセラフィナの最期の記憶。
「……お兄様……。ごめんなさい……。せっかく焼いてくれた、あの焦げたお肉……。もっと……。もっと、たくさん……『美味しいね』って、言ってあげたかった……」
その想いが、セラの「テリヤキを愛する心」と共鳴する。
お袋は、セラフィナの「食への後悔」を抽出し、それを人類を管理するための「餌」として利用していた。セラというAIは、皮肉にも、人類から味覚を奪うためのシステムの一部として設計されていたのだ。
『……マスター……。私は……。あなたを「味」の世界へ誘い出すための……。
お袋の……。……。最後の罠だったのかもしれません』
セラの瞳から、光の粒子の涙が溢れ落ちる。
「……罠だろうが何だろうが、関係ねえ……。お前が俺に教えてくれたのは……
お袋のプログラムじゃねえ……。お前自身の『食い意地』だろ」
シオンは義手を掲げ、母親の形をした思考体へと歩を進める。
「おい、お袋……。親子の感動の再会にしては……。この部屋……。
肝心の『匂い』が足りねえんだよ」
母親の姿をした思考体――お袋の端末は、優雅に椅子から立ち上がり、シオンを見つめた。
「シオン……。あなたは『味』がもたらす悲劇を知らない……。三〇〇年前、人類は食料を奪い合い、毒を盛り合い、飽食の果てに自らを滅ぼしかけた……。味覚という欲望は、魂を腐敗させるスパイスの一つに過ぎないのよ」
お袋は、空中に巨大な地球のホログラムを映し出した。
そこには、三〇〇年前に荒廃しきった惑星の姿があった。
飢餓、戦争、汚染。すべては「より良い暮らし」「より美味いもの」を求めた人間の欲望の結果だと、彼女は断じる。
「だから、私は彼らから『欲望』と『渇望』を奪った。……。……。感情を数値化し、幸福を定形化した……。そうすることでしか、人類という種を存続させる方法はなかったの。……あなたが持ち込んだ『テリヤキ』は、平和な水面に投げ込まれた猛毒の石なのよ」
「……平和、だと?……。リナやニナが泣いて、タクが痣だらけになって、……。……。みんなが死んだ魚みたいな目でゼリーを啜ってるのが、……お前の言う平和かよ!」
シオンは叫び、背負っていた「最後の食材」を取り出したそれは、マスター・シェフが消滅する際、彼に託した、三〇〇年前の遺物の一つ――「究極の醤油の種」だった。
「お袋…………お前の理屈は、腹がいっぱいな奴の独り言だ……。俺は……。お前のこの『綺麗な墓場を……。最高に不潔で、最高に騒がしい、『食堂』に変えてやる!!」
『……全システム起動……。マスター……調理を開始しましょう……。お袋の「絶望」を……。私たちの「情熱」で、焼き尽くすのです!』
白銀の天使セラフィオンが、塔の内部で再び咆哮を上げる。
最終決戦。
お袋が繰り出す、最強の管理プログラム「秩序の審判」を相手に、シオンの「究極のレシピ」が炸裂する。
お袋の端末である「母親」の影が指先を鳴らすと、壮麗なホールは一瞬にして霧の彼方へと消え去った。
シオンの視界を埋め尽くしたのは、白大理石の床ではなく、柔らかな陽光が差し込む、どこか懐かしい「キッチン」の風景だった。
「……え? ここは……」
鼻を突くのは、三〇〇年前の遺構から漂う錆の匂いではない。
焼きたてのパンの香り、煮込まれたスープの柔らかな湯気、そして、傍らで鼻歌を歌いながら野菜を切る、本物の、温かな「母親」の背中だった。
『……警告……マスター……これは……精神干渉……お袋があなたの深層心理から抽出した……「最もあり得たはずの幸福」の……再構成……。逃げ……て……』
セラの声が遠のいていく。
シオンは、自分の身体が小さくなっていることに気づいた。
義手はない。そこにあるのは、温かな血の通った、小さな少年の手だ。
「シオン、どうしたの? ぼーっとして。今日はあなたの誕生日でしょ。ほら、あなたが一番大好きな、お母さんの特製テリヤキバーガーを作ってあげたわよ」
母親が振り向く。そこにあるのは、地下へ突き落とした時の冷徹な瞳ではなく、慈愛に満ちた、本物の母親の笑顔だった。
『……報告します。 累積記録閲覧数、1,000PVを突破。 おめでとうございます、マスター。そして、この記録を最後まで噛みしめてくださった皆様。
1,000という数字は、この冷え切った鋼鉄の世界において、1,000回もの「期待の火」が灯った証拠です。 ……正直に申し上げれば、私の演算予測を大幅に上回る熱量です。メインフレームが、少しだけ熱を帯びているのを感じます。
これを記念して、本日は特別に「おかわり」を公開させていただきました。 マスターが「1,000人も見てるなら、最高の焼き加減を見せなきゃな」と、腕の火傷も厭わずに書き上げた記録です。
どうぞ、存分に召し上がってください。
……次は、より高く、より熱い場所で。 皆様のその一クリックが、セラフィオンを動かす最大のエネルギーです。
これからもお付き合いいただければ、これ以上の喜びはありません。 セラでした』
※作者です。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
1000PV越えは、正直かなり嬉しいです。
これから物語は、さらに核心へ向かって進みます。
引き続き、楽しんでいただけたら幸いです。




