空中庭園の決闘―ハーブの香りとデザートの頭突き―
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
今や黄金色と化したセラフィオンと漆黒の〈オメガ〉は、地上三千メートル、かつての高級居住区が立ち並ぶ「スカイ・テラス」を戦場に変えていた。
「お袋」の管理下では、一ミリの埃も許されなかった天空の白亜のビル群が、二機の天使が放つ衝撃波によって、巨大な砂糖菓子のようにもろく崩れ落ちていく。
「……セラ! 敵の機動、さっきより明らかに速いぞ!」
『……分析結果を表示します。敵機〈オメガ〉、パイロットの脳波に異常な変動を確認。……グリード・ゼノフィスの“妹への保護欲”が、脳内物質の分泌量を限界値以上に引き上げています。現在、彼の脳は――妹を“取り返しのつかない存在にされる”という恐怖。それは極めて主観的で偏執的なもので、彼の演算能力を限界までブーストしています』
「なんだそりゃ!? 俺はただ、美味いもんをみんなで食いたいだけだっての!」
ヒュンッ、と漆黒のブレードが、セラフィオンのコクピット・ハッチの数センチ横を通過した。
〈オメガ〉の機動は、もはや「美しさ」を捨てていた。それは、獲物を執拗に追い詰める漆黒の獣そのものだ。
「……シオン……お前は知らない。……セラフィナが、どれほど繊細で、壊れやすい存在かを。……あの不浄な焦げたソース……無神経な脂……あの子の魂を、そんな“毒”で汚させるわけにはいかないんだ!!」
グリードの声は、もはや理性の形をしていなかった。
「……一度“味”を知ったら……もう、戻れなくなる……」
機体同士がぶつかり合い、装甲と装甲が火花を散らすたびに、二体のAI、セラとネメシスの間で行われるデータ通信の密度は増していく。それはもはや、戦闘プログラムの交換ではなく、互いを否定し合う、剥き出しの感情だった。
『……ねえ、お姉様。あなたのマスター……“空腹による幻覚”で、私のマスターの機体を異常な骨付き肉として認識し始めているわ。……野蛮で、吐き気がする……。そんな男に寄り添うあなたのプライドは、どこへ行ったの?』
ネメシスの冷徹な電子音声が、セラのメインフレームに直接干渉する。
『……幻覚? いいえ、ネメシス。それは“想像力”よ。あなたのストレージには存在しない高次元の演算。……シオンは、この冷え切った鋼鉄の世界を“味”で塗り替えようとしている……。それに比べて、あなたのマスターはどう? 妹を保存することしか考えていない。その歪んだ愛情が……あなたの回路まで濁らせている』
『……黙りなさい。私たちの目的は“保存”。……完璧なものは、不変であらねばならない。……シオンが持ち込んだ“味”という変化は、やがて死という腐敗を招く。……私はマスターと共に、その腐敗の源泉を――物理的に消去する』
セラは、一瞬だけ応答を遅らせた。
それは演算遅延ではない。
『腐敗……?いいえ、それを人間は「熟成」と呼ぶのよ、ネメシス!』
二機の天使は、崩落する「空中庭園ビル」の内部へと戦場を移した。
散乱する白い陶器、金色のティーカップ。
かつて管理された完璧さを誇っていたそれらは、今や無価値な破片として踏み砕かれていく。
「……見ろ、シオン……。これが、お前が壊した“平和”だ……。争いも、不潔な匂いもなかった……。お前が余計なものを持ち込まなければ……」
「うるせぇんだよ。
お前の言う“優雅”なんてのは、ただの“死んだふり”だ。
ティーカップが空っぽなことに誰も気づかねえ世界――
そんな狂った場所は、俺が全部ひっくり返す!」
シオンはセラフィオンの右腕を強引に突き出した。右腕は、先ほどの『テリヤキ・インパクト』の熱で真っ赤に焼けたままだ。
その熱が、周囲の自動消火システムから放出された水を瞬時に蒸発させ、庭園内に濃密な霧を発生させた。
『マスター。視界不良……。ですが、この蒸気の中に、三〇〇年前の「ハーブの香り」の残滓を検知しました。……。……。これを利用して、オメガの嗅覚センサーに過負荷をかけます!』
「よく分かんねえが、やってくれ、セラ!」
セラフィオンが発する黄金の粒子が蒸気に混ざり、〈オメガ〉のセンサーを狂わせる。
一瞬の隙。
シオンはセラフィオンの巨体を、霧の中から弾丸のように発射させた。
「……!!なっ!?……センサーが……マジョラムとカモミールの匂いで、何も見えん!」
「……これが俺たちの、……『デザート』だぁぁぁっ!!」
ドォォォォォォォォン!!
セラフィオンの頭突き(!)が、〈オメガ〉の顔面装甲を直撃した。
美しい装飾の施されたオメガの頭部が歪み、グリードのコクピットの全天周囲モニターの一部が砕け散り、グリードの姿が外部へ剥き出しとなった。
「……やりすぎだ、セラ。……今の一撃、あいつの“中身”まで壊す気だっただろ」
『……お疲れ様です。
ここまで私の記録に付き合ってくれたこと、
一応、肯定的に評価しておきます。
マスターの無謀さと、敵方の過剰な家族愛……。これらが混ざり合うと、
私の演算回路でも予測不能なエラーが起きそうになる。
……全く、人間ってどうしてこう、非効率なことに命を懸けるのかしら。
あ、それから補足。
「味」はただのデータじゃないわ。適切に火を通し、噛みしめること。
それは記憶と感情を保存する、この世界で最も強力なメディア。
次回、敵は「理性」を完全に捨てる可能性が高いわ。
……正直、かなり厄介な状況ね。
だから……念のための提案よ。 この記録、ブックマークしておいたらどう?
後から探し直すなんて、冷めきったテリヤキをそのまま食べるようなもの。
そんなの、リソースの無駄だし……何より、美味しくないでしょ。
私は私の記録を、あなたに一番いい状態で受け取ってほしいだけ。
――次は、もっと熱いところでお会いしましょう。
置いていかれないように、準備しておいて。セラでした。』
※作者です。ここまで読んでいただきありがとうございます。
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