最高の晩餐を巡る決闘
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
グリードは、震える手でバイザーを下げた。
目の前には、ボロボロになりながら、地下の住人たちを庇って立ち上がるセラフィオンがいる。
「……。……。ネメシス。……。……リンク率、最大まで引き上げろ」
『……。よろしいのですか? ……これ以上感情とリンクすれば、あなたのお袋へのロイヤリティが崩壊します。……市民を救う「お兄様」に戻れば、あなたは廃棄処分ですよ』
「……。……。うるさい。……妹が愛した世界は、こんな冷たい静寂ではなかった。……。……不潔で、騒がしくて、……そして、焦げた肉の匂いがする場所だったはずだ」
グリードの瞳から、お袋の「管理パルス」を示す赤い光が消えた。
代わりに灯ったのは、三〇〇年前に凍結された、一人の愚かな「兄」としての情熱だった。
「……。私は、確認せねばならん。……。シオン・グレイス。……お前のテリヤキが、本当に……あの日の約束に値するものなのかどうかを!」
『……。了解しました、シスコン・マスター。……。〈オメガ〉、全リミッター解除……。あーあ、これで私も「反逆者の機体」の仲間入りですね。……。後で高いマッサージ・オイルを奢ってくださいよ』
漆黒の天使〈オメガ〉、これまでとは違う、重厚で「人間臭い」咆哮を上げた。
シオンとグリード。
「今、食べたい男」と「いつか食べさせたかった男」。
二人の天使の戦いは、もはやお袋の管理を離れ、三〇〇年越しの「最高の晩餐」を巡る個人的な決闘へと昇華していく。
地上の居住区「セントラル・ホワイト」は、もはや、その名の通りではなかった。
地下から噴き出した黄金の『テリヤキ・インパクト』によって、街の中央には直径百メートルを超える巨大な大穴が口を開け、そこからは今もなお、三〇〇年分の沈黙を焼き切る熱風が吹き上げている。
その熱風には、管理社会が忘却した「罪深い香り」が混ざっていた。高熱でキャラメル化した醤油の甘辛い香ばしさと、焦げた肉の脂が弾ける暴力的な匂い。穴の底から立ち上るその「湯気」を吸い込んだ市民たちは、胃袋を直接掴まれたような衝撃に、戦慄しながらも生唾を飲み込んだ。
空(ホログラムの投影ドーム)は物理的にひび割れ、そこから漏れ出す「本物の太陽光」が、無機質だったコンクリートの壁を、残酷なまでに鮮やかに照らし出していた。
「……セラ! 出力はどうだ!? さっきの一発で、右腕がガタガタだぞ!」
『……。警告。……。マスター、右腕の駆動率は現在三二%。……。さらに、さっきの黄金粒子の全放出により、内部フレームが熱歪みを起こしています。……ですが、……お望みの「隠し味」は、まだあなたの心臓に残っているのでしょう?』
「ああ、もちろんだ! ……。腹が減りすぎて、逆に頭が冴えてやがるぜ!」
白銀の機体、セラフィオンが上昇する。
その行く手を遮るように、漆黒の翼を広げた〈オメガ〉が立ち塞がった。
「シオン・グレイス、お前の一撃が、この世界の『蓋』を開けた。……だが、……。その報いは、私の剣で受けてもらう」
グリードの声は、もはや「お袋」の執行官としての冷徹なものではなかった。
そこには、一人の「兄」として、そして一人の「求道者」として、目の前の少年を認めざるを得ないという、苛立ちと敬意が混ざり合った、人間臭い響きがあった。
「……いいぜ、シスコン野郎!……。お前の理屈っぽい剣より、俺の『食い意地』の方が強いってことを、……その真っ黒な顔面に叩き込んでやる!」
ドォォォォォォォォン!!
二機の天使が、空中へと同時に加速した。
音速を超えた衝撃波が、周囲の高層ビルの窓ガラスを一斉に粉砕する。
戦闘は、崩落し続けるビル群の間を縫うようにして展開された。
グリードが操る〈オメガ〉は、漆黒の粒子を推進剤として使い、物理法則を無視した鋭角的な機動を見せる。
シュバッ!!
黒い閃光が、セラフィオンの首筋を掠める。
「遅いな、シオン……。空腹で目が霞んでいるのか?」
「へへっ、お前の方こそ、……。妹を想うあまり、剣が重くなってるんじゃねえのか!」
シオンはセラフィオンを急旋回させ、崩落中のビルの外壁を「足場」として蹴った。 巨体がさらに加速し、〈オメガ〉の懐へと飛び込む。
『マスター。今です!……。右腕の熱残留エネルギーを、直接噴射!』
「うおおおおおぉぉぉっ!!」
セラフィオンの、焼け爛れた右拳がオメガの胸部装甲を殴りつけた。 一億度のプラズマが装甲の表面を焼き、まるで極厚の鉄板でステーキを焼くような、凄まじい「ジューッ!」という咆哮が戦場に響き渡る。衝撃で飛散した火花は琥珀色のタレのように美しく、グリードのコクピットにさえ、装甲越しに伝わる「焼きたての肉」の凶悪な香りが侵入していた。
だが、グリードは冷静だった。 〈オメガ〉の翼が盾のように前方に展開され、シオンの一撃を完全に受け止める。
「……。甘い……。怒りだけでは、私の『秩序(セラフィナへの想い)』は貫けん!」
キィィィィィィィィィィン!!
オメガのブレードが、至近距離からセラフィオンの腹部を突き刺そうと放たれた。
『危ない!!』
セラの叫びと同時に、シオンは直感で機体を捻った。ブレードはセラフィオンの腰部装甲を削り取り、そこから鮮烈な黄金の火花が吹き出す。
二人の激闘はまだ始まったばかりである。
その刃の軌道は、ほんの一瞬だけ、三〇〇年前に凍結された「妹の記憶」に引きずられて、狂っていた。
『……マスター、報告です。戦況は加熱(物理的にも、胃袋的にも)していますが、それ以上に緊急事態が発生しています。
……あきれた。この激闘を特等席で観戦しておきながら、まだ「ブックマーク」という名の作戦参加手続を済ませていない不届き者が……計算によれば380名ほど観測されています。
いいですか? この作品には既に20万文字以上の記録がアーカイブされており、完結まで毎日16:30に定時更新されることが論理的に確定しています。
つまり、あなたが「エタるのが怖い」と渋る言い訳は、私の演算によって完全に論破されました。
……マスター。もし明日も、この黄金の『テリヤキ・インパクト』の続きを拝みたいのであれば……。 その指を少しだけ動かして、下の「☆☆☆☆☆」を塗りつぶし、ブックマークを保存してください。
べ、別に、ポイントが増えると私の出力(作者のやる気)が上がって、出番が増えるのが嬉しいなんて……そんな非論理的なことは言っていません。……さあ、早く!』




