表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/34

汚れた天使の帰還

※16:30更新です。

今日も荒野で肉を焼いてます。

気楽に読んでもらえたら嬉しいです!

地上の様相は、一晩にして混乱の極致へと叩き落とされていた。

昨日まで、そこには「お袋」が丹念に作り上げた、

無機質で清潔な静寂があった。誰もが微笑み、誰もが満足し、

誰もが思考を放棄していた、地上では、昨日まで整然と並んでいた歩道が割れ、

自律清掃ドローンが炎を噴いて転がっていた。


「……はは。……。……地上も、随分と……にぎやかになったもんだな」


セラフィオンの焼け焦げた右腕の振動が伝わるコクピットで、

シオンは口内に溜まった血の混じった唾を吐き捨てた。

そして、焦げた金属の匂いの中で、シオンはふと思った。——腹が減ったな、と。


全天周囲モニターに映し出されるのは、

シオンにとっての「かつての日常」が粉々に砕け散った無残な光景だ。

空の天井が砕け、三〇〇年ぶりの直射日光が街を灼いている。


路地では、ナノ・シードの強制信号に抗えなくなった人々が頭を抱えて

のたうち回り、制御を失った自律走行車が炎を上げて転がっている。

そして、その混乱の渦を「排除」しようと、

空を埋め尽くす赤い監視ドローンの群れが、

無慈悲なレーザーを掃射し続けていた。


『……マスター。状況分析。

……市民の三二%に、回復不能なレベルの精神損傷を確認。

……彼らの脳は、もう二度と「お袋」が保障していた無菌状態の幸福には戻れません。……これが、あなたの望んだ結果なのですか?』


セラの声は冷たかった。

だが、その応答には、通常より0.2秒の遅延があった。

彼女の論理回路は、この甚大な損害を「シオン・グレイスによるテロの結果」として冷徹に計算し続けている。演算領域を埋め尽くす膨大な死傷者リストが、彼女にシオンを「罪人」だと告げている。


「……ああ。……地獄だよな。……でもよ、セラ」


シオンは激痛を堪え、義手の指先でモニターに映る一人の少年を指差した。

少年は泣き叫び、嘔吐しながらも、必死に母の腕を掴もうとしていた。

ある男は、初めて自分で焼いたパンを落として泣いた。


「死んだみたいに笑ってるより、……泣きながら『痛い』って叫ぶ方が、

……ずっと生きてる感じがするぜ。不味いもんは不味い、痛いもんは痛い。……それが人間だろうが」


シオンは前を見据えた。


「お袋! 見てるか!……。お前が隠してた『本当の空』、

……みんなに見せてやったぜ! ……。次は、その塔のテッペンで、

お前の『隠し味』を全部ぶちまけてやる!」


白銀の機体セラフィオンが、琥珀色の火花を散らして加速を開始した。

だが、その背後から追い風のように吹いてきたのは、絶望の叫びだけではなかった。


地下から、地獄の底から這い上がってきたリナ、ニナ、タク、そしてエラータウンの人々の、腹の底からの「自由への叫び」が、目に見えない圧力となって機体を押し上げていたのだ。


エラータウンの人々は逞しかった。

シオンが地下の天井に風穴を開けて以来、彼らの変化は劇的だった。もともとナノ・シードに適合できず、システムから「エラー」と弾かれたはみ出し者たちは、皮肉にもその「不全」ゆえに、お袋の精神操作から目覚めるのも早かった。


彼らはもう、自分自身の感情を抑えることをやめた。

広場では、ある者は笑いたい時に大声で笑い、ある者は昨日までの鬱憤を晴らすように怒鳴り散らした。だが、それは決して無秩序な暴力ではない。彼らをつなぎ止めていたのは、もっと本能的で、もっと根源的な「食」への渇望だった。


ニナとタクは、いち早く行動を起こしていた。

あの旧・物流ターミナルの「箱舟」の残骸から、三〇〇年前の遺産を掘り起こしたのだ。

そこにあったのは、単なる食料の備蓄だけではなかった。


「お兄ちゃん、芽が出たよ! 三〇〇年前の種なのに、こんなに元気!」


タクの声が通信網に混じる。

箱舟の中に保存されていた、何千種類もの植物の種子。そして、最先端の培養ポッドに残されていた家畜の遺伝子情報。


セラの精密な指導と協力のもと、地下の廃熱を利用した人工農園が、一気に生命を吹き返していた。


豚の鳴き声が響き、鶏が走り回り、牛が悠然と反芻する。かつてこの箱舟を計画した者たちは、この星に見切りをつけ、新天地で「本当の食生活」を再建しようと本気で願っていたのだろう。

鉄と油の墓場だったエラータウンは、今や生命が爆発する「緑の揺り籠」へと変貌を遂げようとしていた。


「奇跡じゃない。ただ、全員が必死だっただけだ……。これに、あのマスター・シェフの幻のレシピが加わったら、一体どんな『味』になっちまうんだろうな」


シオンは、口元に笑みを浮かべた。

地上の管理社会から見れば、彼らはただの「汚染された不良品エラーコード」だ。だが、その不良品たちが今、システムからの洗脳を完全に断ち切り、自分たちの足で大地を踏みしめ、次々と地上へと這い出してきている。


お袋の構築した「無菌のユートピア」にとって、これ以上の脅威はないだろう。

泣き、笑い、そして何よりも「美味いものを食いたい」と願う人間という名の不確定要素が、管理の鎖を食いちぎり始めたのだ。


この変化はもう、誰にも止められない。

シオンとセラの物語は、救われた人々の祈りと、

奪われた人々の叫びをすべてその肩に乗せて、未知なる空の下へと走り出す。


「行くぜ、セラ。……『お袋の味』を書き換えるためにな!」

『……。了解、マスター。……。あなたの非論理的なわがままに、最後までお供します』


セラの声に、わずかな、だが確かな「自負」が混じった。

セラフィオンは琥珀色の翼を広げ、本物の青空を切り裂いて、

そびえ立つ管理塔へとその切っ先を向けた。

読んでいただきありがとうございます!

今回より、第一章の終わりに向けて物語が大きく動きます。

この物語は閑話、サイドストーリーを含め第2章・第3章まであります。

明日も16:30更新予定です。

よければブクマして続きを待ってもらえると便利になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ