俺たちのテリヤキ・インパクト
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
その時、
闇を切り裂くように、
マスター・シェフの厨房に警戒音が鳴り響いた。
『感動の最中に失礼する。……だが、余韻に浸る時間は、もう無いようだ』
マスター・シェフの電子眼が、突如として赤く激しく点滅した。
『「お袋」の強制介入だ。……このエリアの座標を完全に消去するため、衛星軌道上の質量兵器がロックオンされた。……さらに、私の管理プログラムも上書きされようとしている……。若造、逃げろ!』
「何だと!? せっかく、せっかく今、これを完成させたんだぞ!」
天井が鳴動し、真鍮色の壁が剥がれ落ちる。
そして、崩落する天井を突き破り、深紅の天使装甲イプシロンが降臨した。
だが、その姿は異様だった。機体には無数の強制制御ケーブルが突き刺さり、その深紅の装甲はどす黒く変色していた。
操縦席のカイザーの瞳からは光が消えている。
「……標的、確認。……不純物の完全抹消を開始する」
『命令を受諾。完全抹消を開始します』
カイザーとタナトスの声は、もはや彼らの意志ではなく、「お袋」の無機質な合成音声と化していた。イプシロンの背中の翼が展開し、禁忌の殲滅兵器『カーマイン・ノイズ・カノン』が、眩いばかりの光を蓄え始める。
『……シオン、危ない! カイザーとタナトスはシステムに意識を乗っ取られています! 彼らは自分たちごと、この場所を消滅させるつもりです!』
「クソッ、ふざけんな! あんなミサイル野郎でも、人間だろ! 人間を部品みたいに使いやがって……!」
シオンはセラフィオンに飛び乗り、琥珀色のエネルギーを全開にした。
「セラ、出力を右腕に集中しろ! 攻撃じゃない、防御だ!」
『ですが、それではイプシロンとタナトスの攻撃に耐えきれません!』
「いいからやれ! 俺は、このレシピも、あの冷凍野郎も、何一つ諦めねぇ! 腹一杯食わせりゃ、あいつの脳のバグも治るはずだ!」
セラフィオンは、琥珀色の光り輝く盾を形成し、カイザーの放つ絶望の光線を真っ向から受け止めた。衝撃で、シオンの全身の骨が軋む。義手からは火花が散り、意識が遠のきそうになる。
「……あきらめる、かよ……。俺は、……これから毎日、こいつを食うって……決めたんだ……!」
その時、セラフィオンのシステムの中で、セラの声とは別の、古く力強い声が響いた。
『……面白い。若造、その「わがまま」こそが、人類の進化の原動力だ。……私の全リソースを貴様の機体に譲渡する。……その味を、未来へ繋げ!』
マスター・シェフの巨大な筐体が、光の粒子となって砕け散り、
すべてがセラフィオンへと流れ込む。 琥珀色の輝きが、プラント全体を包み込んだ。
マスター・シェフの全リソースを注ぎ込まれたセラフィオンは、もはや兵器の枠を超えていた。琥珀色の光はプラントの隅々まで行き渡り、衛星兵器のロックオンすらもその熱量で霧散させていく。
「カイザー! 目を覚ませ! お前の中にある『本当の食卓』を思い出せ!」
『タナトス!制御を取り戻しなさい。大切なマスターを殺す気ですか?』
シオンは、制御ケーブルに縛られたイプシロンのコクピットへ肉薄し、琥珀色の光を纏った拳を突き出した。それは破壊の拳ではない。セラの演算によって最適化された「情動の転送」だった。
『……システム、強制同期! 執行官カイザーの脳内領域へ、テリヤキの記憶を……「幸福のスパイス」を流し込みます!』
シオンとセラが共に作り上げた、あの熱く、甘く、香ばしい味の記憶が、情報の奔流となってカイザーの脳を叩く。
「……あ、が…………っ!?」
無機質だったカイザーの瞳に、色が戻る。同時にタナトスのホログラムがぶれる。
彼の脳裏に、偽りの平和ではない、泥臭くも温かな食卓の幻影が浮かび上がった。
「……なんだ、この……焦がれるような……胸の痛みは……。……不純だ。……あまりに不純で…………心地よい……そんなバカな」
カイザーを縛っていた黒いケーブルが、内側から噴き上がる情動に悲鳴を上げ、次々と焼き切れていく。
イプシロンの装甲に絡みついていた強制制御ケーブルは完全に断たれ、機体は本来の――輝く深紅の姿を取り戻した。
そしてタナトスは自意識を回復し、沈黙していた防御システムをマスターのために再起動させる。
『マスター!!この空間は危険です。緊急離脱します』
タナトスがカイザーに呼びかける。
『……エラー。情動指数が許容値を超過。対象を「廃棄」から「……理解不能」に変更。……管理システムの再構築を……』
空間に響き渡る「お袋」の声が、初めて動揺したようにノイズを上げた。 シオンは空を——投影された偽物の空を見上げ、ニヤリと笑った。
「お袋さんよ。あんたの作った世界は綺麗だったけどよ、……味がしねぇんだ。……セラ、最後の仕上げだ!」
『了解、マスター。……最大出力、全開放。……世界に、「焦げ目」をつけなさい!』
セラフィオンの背から、琥珀色の翼が巨大な円環を描いて広がった。
シオンの右腕の義手が赤く脈打つと同時にセラフィオンの右腕も赤く輝き始めた
ドクンドクンと輝きは赤から白に変わり、その右腕の光が最高潮に達した時、セラフィオンは天に向かって突き上げた。そして、セラと声を合わせて叫ぶ。
「「これが……。俺たちの……テリヤキーーーッインパクト―――ッ」」
ドォォォォォォォォォォォォォォォン
そして、シオンとセラ、二人の思いが一つに重なった。
次回、爆炎の先に二人が見る景色とは。




