凍結の処刑人―深紅のイプシロンと漆黒のタナトス―
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
「……やはり、ここか。野蛮なノイズに導かれ、不浄な過去を掘り返す。……シオン・グレイス、貴様の行動は、あまりに予測しやすく、そして、あまりに……汚らわしい」
氷のような声。 崩れ落ちた天井の瓦礫の中から、深紅の天使装甲『イプシロン』が、その冷徹な姿を現した。
そのコクピットには、シオンを見下すような眼差しを浮かべ、短く刈り込んだ金髪の男、凍結の処刑人、広域殲滅執行官カイザー・オルグレイ。 その表情には冷たい笑みをたたえていた。
「……何者だ! お前ら、しつこいんだよ! せっかく今、旨いもんの正体に手が届きそうだってのに!」
「旨いもん? ……フン。文明を腐らせる甘い毒、理性を曇らせる油の焦げ。……『お袋』がこの場所を埋めたのは、人類をその低俗な執着から救うためだ。……冷徹の刃が、今、不浄なる記憶を断つ。……タナトス、フォーメーションBだ。ヤツを追い込むぞ」
カイザーが、死刑執行の声を上げる。
『了解、マスター。……フォーメーションB展開。全ミサイルポッドロック解除。セラフィオンの動きにロックオン』
「……うわあああ! やめろ! 狭い地下空間でミサイル全弾ぶっ放すんじゃねえ、天井が落ちる。やめろぉぉぉ!」
シオンは叫びながら、セラフィオンのコクピットへと飛び込んだ。
『……マスター。非常識な攻撃への批判は後です。……イプシロン、来ます! 相手の出力は、オメガの三倍。……敵は、本気でこのプラントごと、あなたを「爆殺」する気です!』
「……上等だ! 何者かは知らないが邪魔する奴は、テリヤキにしてやる!」
シオンの義手と、セラフィオンの翼が、同時に黄金の粒子を噴射した。 真鍮色の古いプラントの中で、白銀と深紅。二機の天使が、初めて衝突する——。
「お姉様、三〇〇年ぶりの再会ですのに、これでお別れなんて寂しいですまわ」
「その鼻に着く小生意気な声は……タナトス!」
イプシロンの肩に、漆黒のゴスロリ少女のホログラムが浮かぶ。
「誰だ?セラ?知り合いか?」
シオンの問いにセラが応える、心底嫌そうに。
「あれは、タナトス。私の妹にあたる戦闘管理インターフェースです。あの子は加減を知りません。逃げますよ、マスター」
「あら、そう仰らずに、ミサイルのお菓子でもどうぞ!」
タナトスの声と共にミサイルの火線がセラフィオンを襲う。
「……ハッ、ミサイルで腹が膨れるかよ、無茶苦茶しやがって!」
シオンは叫び、セラフィオンの機体を叩きつけるように押し込んだ。
黄金の粒子が翼から噴射され、真鍮色の空気を切り裂く。だが、深紅の天使装甲イプシロンは、物理法則を無視したような滑らかな軌道でそれを回避した。 凍結の処刑人、カイザー・オルグレイの冷徹な声が通信回線を侵食する。
「初めましてかな、シオン・グレイス君。私は広域殲滅執行官カイザー・オルグレイ。なぜそこまでして、不純物に固執する? 栄養剤だけで肉体は維持できる。感情の起伏を抑えれば、争いは消える。それが『お袋』が導き出した、人類救済の最終回答だ」
「救済? 笑わせんな! 味がねぇ人生なんて、ただの『死ぬまでの待ち時間』だろ! セラ、右だ!」
『……予測済みです。ですが、出力が足りません!タナトスの性格同様、あのミサイルは、ひねくれた追尾能力です』
『誰が、ひねくれてるですって、お姉様程じゃありませんわ!』
タナトスの声と共に、イプシロンの背後のミサイルポッドから、触手のようにミサイルの帯が再び放たれる。それは意思を持つ蛇のようにうねり、セラフィオンの全身を絡めとる。ミサイルの爆発がたちまち機体を包み込む。
「くっ……! 直撃するなよ、この……!」
「……このイプシロンのミサイルは特別製でね。決して、この弾幕からは逃れられん。貴様が求めているレシピは、かつて人類がその強欲さゆえに大地を焼き払った、狂気の象徴だ」
イプシロンの腕の甲から放たれた小型ミサイルが、セラフィオンの胸部を直撃した。
金属の悲鳴が上がり、シオンは衝撃でコクピットのシートに叩きつけられる。視界が真っ赤に染まり、警告アラートが耳をつんざく。
『ダメージレベル三。姿勢制御系に不具合。……マスター、これ以上の戦闘継続は、機体崩壊のリスクを五〇%以上に引き上げます』
「……へっ、五〇%も残ってんのか。……なら、まだいけるだろ?」
シオンは口元の血を拭い、目の前のサーバーを見つめた。
【情動同期型・生体認証ロック:入力待機中】
レシピは目の前にある。だが、それを開くための「幸福な記憶」が、シオンの引き出しにはない。彼の記憶にあるのは、管理された街の白い壁と、空腹に耐えながらボロビルを駆け抜ける日々だけだった。
次回、続きます。
ちなみにタナトスたちの元ネタは、決してファ〇ィマではありません。




