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三〇〇年分の反抗期

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

ニナは無意識に、喉を震わせ続けた。


「ニナ!どうしたの!」


リナがニナの異変に気づく。彼女をすぐさま抱き寄せる。それでもニナの喉の震えは止まらなかった。


それは歌だった。三〇〇年前、管理社会が始まる前に、母親が子供を寝かしつけるために歌っていた、古い、古い子守唄。ニナが知らないはずの古い歌の旋律。その旋律が、黄金の粒子に乗ってエラータウン全体に広がっていく。


すると、奇跡が起きた。

これまで頭を抱えて苦しんでいたエラータウンの人々が、一人、また一人と立ち上がった。彼らの眼には、もはや「お袋」への恐怖はなかった。

彼らは手に手に廃材を持ち、瓦礫を拾い、自分たちを殺しに来たドローンへと向かって叫び声を上げた。


「……俺たちのメシを、……俺たちの『味』を、奪わせるもんかぁぁぁ!!」


人々の叫びが、何千ものナノ・シードを通じて巨大なエネルギーの奔流となり、セラフィオンの右腕へと収束していく。


「……。……。聞こえるぜ。……。みんなの『腹の虫』が、地響きみたいに鳴ってやがる……!」


シオンの義手が、限界を超えて発光した。

プラチナシルバーの装甲が赤熱し、周囲の空気が熱膨張で爆ぜる。


『マスター、警告!……。エネルギー許容値を二〇〇%突破!……。このまま放出すれば、セラフィオンの右腕が消滅します!』

「消滅……?上等だよ!腕一本で、このクソみたいな『お袋の静寂』をぶっ飛ばせるなら、安いもんだ!」


シオンは、天を見上げた。

降り注ぐ黒い群れの向こう側。「お袋」の冷徹な意志が、自分たちをゴミのように見下ろしている。


「食らえ、『お袋』!これが……三〇〇年分の、人類の『わがまま』だぁぁぁ!!」


シオンが右拳を天井に向けて突き出した。

セラフィオンの腕から放たれたのは、黄金と紅蓮が混ざり合った、巨大な熱線の柱だった。


――ズドォォォォォォォン!!


その一撃は、地下ターミナルの天井を、そしてその上にある厚さ数十メートルの地層を、一瞬で蒸発させた。直撃を受けた数千のドローンは、塵にすら戻らず原子レベルで分解される。


広域殲滅ユニット『イーター・クラス:スウォーマー』の先頭に立っていた男。カイザー・オルグレイは戦慄していた。彼は紅い天使装甲イプシロンを駆って、ドローンの指揮にあたっていた。

パートナー戦闘AIのタナトスが言う。


「マスター、計測不能なエネルギーが観測されます。

何、この脂ぎったエネルギーは!?はっきり言って不快です」


タナトスの姿は、戦場には場違いな漆黒のゴシックロリータ少女である。

そのホログラム体の可愛らしい顔を嫌悪で歪める。


隔離エリア「エラータウン」に巣食うエラー・コード共を殲滅するだけの簡単なミッションのはずだった。用心すべきは三〇〇年前に封印されたはずの天使装甲セラフィオンの存在だけだったはずだ。その天使装甲の攻撃ポテンシャルが予想の4倍を超えている。


「バカな。三〇〇年前の旧式がこのようなパワーを持つなどありえん」


だが、目の前の光景が彼のその考えを否定している。


「おシステム」の広域殲滅執行官カイザー・オルグレイはエリートである。これまでにも、凍結の処刑人として、システムへの反逆者は、ことごとく断罪してきた。


彼の情動抑制指数九十九・九%は彼の誇りであり、彼の存在証明そのものであった。ナノ・シードとの適合率はほぼ完璧だ。彼の同僚である執行官グリードが、標的の天使装甲を取り逃がした報を受けた時、その不甲斐なさに失望しなかったと言えばウソになる。自分が出撃していれば、そのような醜態を「お袋」にさらさずに済んだものをと思ったものだ。

その体たらくがこれである。


まず、この情動がおかしい。彼の手元のコンソールに送られてくる情動は「食欲」である。「美味い物が食いたい」という「情動」が全ての数値を占めていた。あの天使装甲は情動駆動型エモーショナル・ドライブだということは知っている。


「ありえん、あまりに馬鹿馬鹿しい」


彼、子飼いの特戦部隊「アイスナイン」を出動させるべきだったかと後悔する。ドローンの損耗率はすでに三〇%を越えている、まだ戦えないほどではない。が、彼は賢明な指揮官であった。


「タナトス、ひとまず撤退するぞ。これ以上の損害は看過できん」

「……了解しました。マスター」


タナトスは、不承不承といった感じでうなずく。


彼の狼狽は、すぐさま生命維持装置のバイタルサイン測定によって、パートナー戦闘AI:タナトスに観測され、精神安定剤が頸部に注入される。脈拍、血圧が薬剤に反応したナノ・シードによって安定化する。


凍結の処刑人、カイザー・オルグレイに動揺などないのだから。


爆風が収まり、静寂が戻った。

天井に開いた、巨大な円形の「窓」。そこからは、加工されてはいるが、眩しすぎるほどの外の人工太陽光が降り注いでいた。


今までのエラータウンの弱弱しいライトは比べ物とならないほどの眩しさ、エラータウンの人々は、呆然とその光を見上げ、涙を流した。


「……空だ。……。地上の空だ……地下の天井じゃない空だ」


セラフィオンは、膝をついていた。

右腕は、装甲が焼け落ち、内部フレームが剥き出しになって煙を上げている。シオンは、コクピットの中で、力なく笑った。


『……。……。……。大馬鹿者です。……。私の計算にはない、最低で最高の、非効率な一撃でした』


セラのホログラムも、身体の半分がノイズで消えかかっている。だが、その声には確かな温もりがあった。


「……へへ。……セラ。……これで、一歩……近づいたな。……あの、本物の太陽まで」


シオンは遠のく意識の中で、自分たちの頭上に広がる「明るい青い空のホログラフ」を、いつまでも見つめていた。

次回、続きます。

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