閑話1:毒舌AIと秘密のレシピ―マヨネーズはまだですか?―
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
今回は本編から少しだけ離れた物語。
地下隔離エリア『エラータウン』。
塔の管理から漏れた「エラー・コード」たちが身を寄せるその場所は、
自由と引き換えに、文明の末端から見捨てられた鉄と油の墓場だった。
「……シオン。私の光学センサーは正常ですが、あなたの目の前にある物体を『食材』と認識することを拒否しています。これは生物学的テロですか?」
セラの冷徹な声が、薄暗い作業場に響く。
シオンの目の前には、リナが命懸けで捕らえてきた地下ネズミの肉と、正体不明の青白い苔、そして塔の廃棄物から回収した「合成油の絞りカス」が並んでいた。
「うるせえ。これしかないんだよ。エラータウンの連中は毎日、これをただ焼いただけの炭みたいな状態で食ってるんだ。……そんなの、生きてるって言えるか?」
シオンは右腕の義手を使い、山積みのジャンクパーツからマニピュレーターを引き抜いた。
「自由には美味い飯が必要なんだ。だからセラ、お前の演算能力を貸せ。ナノマシンの出力制御ユニットを流用して、分子レベルで温度を管理する『超精密テリヤキ・グリル』を作るぞ」
『……。私のCPUリソースを、ネズミの肉のメイラード反応を制御するために使えと? 開発者が聞いたら卒倒するような不合理な要求です。……ですが、あなたの低俗な食欲を放置して餓死されるのは、私の観測任務に支障をきたします』
セラのホログラムが不満げに目を細めたが、直後、作業場に転がっていたガラクタたちを青い走査線が舐めるように通り過ぎた。
「必要なパーツってこれだけかい?」
手伝ってくれているリナが、廃棄物置き場からパーツをいくつか持ってきた。
さすが本職、手際がいい。
「そこに置いてくれ。どうだい天使様」
『パーツの適合性を確認。左から三番目の高周波コイルと、その奥にある気圧バルブを使用しなさい。……いいですか、シオン。〇・一秒でも火加減を間違えたら、あなたの義手を強制オーバーヒートさせて、あなた自身をこんがり焼き上げますからね』
「おうっ、望むところだぜ、天使様!」
火花が飛び、金属が触れ合う音が地下に鳴り響く。
それは、世界の運命を変えるような高尚な発明ではなかったかもしれない。
だが、毒舌AIと腹ペコの少年が、ただ一食の「美味い飯」のために、塔の最新技術を贅沢に使い潰して、完成させたその調理器は、エラータウンの人々にとっての『希望の火』となった。
実際、太陽の光が差し込むようになってから、エラータウンの人々は食材探しに一生懸命になっている。地下の土を耕して、野菜作りを始めた者もいる。
「お袋」の攻撃からエラータウンは、まだ無事という訳ではないが、人間、一度美味い物を知ってしまうと、元の食生活には戻れないものだ。
特に子どもたちは食べ盛りだ。ニナとタクにはもっと栄養のある物を食べさせたい。例の箱舟の廃棄物の中からは、なんと野菜の種子が保存されていた。
地下の土壌で育つかどうか分からなかったが、蒔いて一週間もしないうちに、芽を出したと聞いている。
ご丁寧に肥料まで見つかったそうだ。
このまま順調に育ってほしい。だが、いずれ「お袋」がちょっかいを出してくるだろう。それまでに、出来る限りのことはしておきたい。
数時間後。
香ばしい、焦げた醤油にも似た芳醇な香りが広場を包み込んだ。
一口食べたリナが、驚きで目を見開き、
「美味しい……」と一言。
そして一筋の涙を流すのを見て、セラは静かにログを刻んだ。
『……理解不能。非効率的な塩分と脂質の摂取により、個体の幸福度が八〇〇%上昇。……マスター、あなたのバカは、どうやら伝染する性質があるようですね』
「最高だろ? これが『味』ってやつだよ、セラ」
そう言って、シオンは最高の笑顔を浮かべるのであった。
次回、続きます。




