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気の置けない友人

 私は結末を自分が納得できるまで書き直した。しかし、書いても書いても伝えたいことがわからない。文字を書いてはバツ印をつけ、1行空けて隣の行からまた新しく書く。そんなことを作文用紙があと1枚になるまでやっていた。

 残り1枚になった作文用紙を見て、私は1人で結末が見つからなければ、友人たちと結末を見つけるしかない。そう思った。

 私はスマホでメールを使い、友人を呼び出した。ついでに作文用紙も買ってくるようにお願いする。すると三十分後、優佳が部屋に来た。校閲は文と赤ペン、辞書があればどこでもできるのだろう。優佳は大きなかばんから作文用紙を取り出して渡してくれた。

「珍しいね、呼び出すなんて」

 優佳はノートに文字を書き出し、私に見せた。

 私は「呼び出してごめん。最後がまとまらないから考えるの手伝ってほしい」と書いてみせる。

 優佳は顎に手を当て、何かを呟くと親指を立ててグーサインをした。どうやら「任せて」と言いたいらしい。

「ありがとう」

 私は安心したように笑い、文字を見せる。

「どういたしまして。早速だけど、どんな最後にしたい?」

 優佳は直球に私の作りたい結末を聞いた。

 私はその文を見て手を止めた。そして1文、

「わからない」

 とだけ記した。

 どう書けばいいのか分からないのではない。どうやって書けば、相手に過不足なく伝わるかが分からないのだ。伝えたいことは決まっている。私が伝えたいことは『友人がいると安心する』ということや『両親は暖かい』などの不確定な要素ではない。ただ、『人の心と文字は嘘をつかない』ということだけだ。

 しかし、それを伝えるためには『文字』と『人の心』が同意義ではないことを前提にしなければならない。伝えたいことは同じでも同意義にしてはならないのだ。『文字』は言葉や文にして初めて意味を持つ。しかし『人の心』はそうではない。『人の心』は意味を最初から持っている。言葉や文にしなくても意味があるのだ。

 優佳は私の書いた「わからない」という文字を見て、顔を強張らせた。難しいと感じたのだろう。

 私は続けて

「『文字』と『人の心』は嘘をつかない」

 と書いた。

 さらに顔が強張り、表情が険しくなる。

「難しいよね」

 私は申し訳ないと思いながら「ごめん」と書き出そうとした。

「怖い」

 優佳はペンで迷いなく書いた。主語も述語もない、たった1単語だけ。

「私は文字は嘘をつくものだと思ってる。文字は簡単に相手と自分と異なる解釈をする。だから、嘘をつく」

 優佳は震える手でそう続けた。

「今も、昔も、文字は伝わりづらい。私の考えてることを私の尺度で説明するから、読んでいる人に的確に伝わらない」

 私と正反対の意見だった。確かに読んでいる人がこちら側の意図をすべて汲み取るのは難しい。それでも私は『文字は嘘をつかない』と思っていた。でも優佳は『嘘をつく』と言う。

 きっと、どっちも正解で不正解なのだろう。だからさらに深く、真っ黒の泥に足を取られ、沈んでいく。

 優佳は

「『人の心』に焦点を当てた方がいいと思う。『人の心』にはちゃんと文字は届く。嘘でも本当でも」

と極めて合理的な提案をする。

「それに、想像は私の得意料理」

 私は優佳の書いた文にそうつなげた。優佳の言う通り、2つを入れようとするからまとまらないのであって、1つに焦点を当てればラストもかける可能性がある。

 優佳は頷き、バックからタブレットを取り出し、仕事を始めたのだろう。これ以上何も話しかけてこなかった。

 私もラストの内容を固めるために今まで書いていた伏線のようなものや情景をまとめ、考える。

 どうせなら未来が明るくなるような感じを出しつつ、絶望もあるようにしたい。全部が幸せではないこと、そして、幸せだったことを書きたい。

 私は書きたいことをメモに書き出す。

『未来』と『過去』、『時代』と『焦燥』、『希望』と『後悔』。正反対のような言葉が並ぶ。

「わかった」

 私はボソリと呟く。私の頭の中で物語が組み立てられていくのを感じた。

 これは逆さ病の人のためだけではなく、全員に同じように伝えらるように、そして、少しでも人と文字が交わるように書かなければいけないものだった。

 私が文字に救われたように。私が生きるために書いた本を、他の人が生きるための本に変える。それを目標として目指すことにした。ただの死ぬための本にはなりたくなかった。

 誰も置いていかない文章で、誰もが困惑する文章を。


 それから、夜になると下から玄関が開く音がした。そして、何を話しているか分からないが、大きな声と私の部屋のドアが開く音がした。

 私は顔を上げずにただひたすらにペンを握った。今顔を上げてしまえば何かが溢れるような気がしたから。

 書いては一区切りつくと書き出した部分を読み直し、不自然なところや意味がわからない場所を書き直す。原稿用紙3枚分、およそ1200文字が埋まった。

 私は大体のラストが書けたところで椅子の背もたれに体重を預け、天井を見る。私は何とも言えない高揚感と走り終えた達成感が早くもあった。

 私は横目で優佳を見ると、優佳は本を読んでいた。そして律はいつの間に来たのか、私のベッドの上で驚くほどすやすやと寝ていた。

「なんで律、いるの?」

 私は会話をするために近くに置いてあるノートを取り、書く。そして優佳の肩をノートで軽く叩き、見せる。

 優佳は肩を叩かれ、私の方を見てノートに目を移動させた。そして、眉を下げ、ふわりと笑った。

「律、眠いって言って1時間くらい前に寝たよ」

 人のベッドを自分の物のように使い、眠れる律の図太さに私は感心し、殺意を覚えた。元はと言えば律と優佳が持ってきて私が頭を抱えて書いているのにそれを隣でのうのうと眠ることなどあっていいのだろうか。

「耳に向かってクラッカーならしていい?」

 私はノートに書き、クラッカーを引き出しから出す。父の誕生日の時にサプライズで使った物が残っていた。

「耳は危ないからだめ」

「いやだ」

「耳が壊れる」

「それぐらいのリスクを承知してるって」

「律、怒るんじゃない?」

「怒っても逆さにしか聞こえないから何言ってるかわかんない」

「私が面倒なんだけど」

「じゃあ、ける?」

「律に喧嘩で勝ったことないでしょ」

「なぐる?」

「倫理的に駄目」

「じゃあ、いじめる?」

「殺されるぞ」

「上に乗る」

「普通に死ぬ」

「なら、ゆうかの辞書の角で叩いて」と書くためにペンを走らせていると、ベッドの上で律が寝返りを打った。

 私たちはペンを走らせるのをやめ、2人で律の方を見る。律は寝返りを打ち、またすやすやと眠った。

「危なかった」

「起きたかと思った」

「起こそっか」

「うん」

 私はすやすやと穏やかに眠る律の顔を見て2人で小さな子供を見るようにくすりと笑った。

 優佳は律の肩をゆすり、「律、起きて」と声をかけた。律はピクリと目を震わせ、あくびをしながら目をこすった。

「おはよう」

 言葉はわからなかったがそういったのだろう。のんびりと起きた律になぜだか少しだけ殺意がわいた。

 優佳が律にノートとペンを渡し、律が力が入っていない手で文字を書くとまたベッドに横になって寝た。2人で書いたノートを見ると

「にじかんごにおこして」

とおぼつかない筆跡で書かれていた。

 私は律の図々しさに呆れ、ため息をついた。

 優佳はその様子をみて失笑し、ノートに書いた。

「どうする?」

「外に追い出していい?」

「言うと思った。コンクリートだからやめてあげて」

「やだ」

「おい」

 そんなのんびりとした中身のない会話をしているとあっという間に2時間が経った。

 優佳が設定していたアラームが鳴り響き、律がビクリと肩を震わせて跳ね起きた。

 こんな光景は逆さ病になる前も律の家で見たことがある。私は病気になってもこの光景が変わらずに見られることが少しだけうれしかった。

 私は飛び起きた律に作文用紙を渡し、読んでもらう。優佳には律が眠っているときに読んでもらっていた。

 人に目の前で読まれるのはやっぱり慣れない。律は何も話さず、ただ私の書いた作文用紙の文字を追っていた。

 私は律が読み終わるのを待った。どう思われるか、少しの好奇心と持ちきれないほどの大きな恐怖心を抱いて。

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