前進
私が「逆さ病」と診断されたのは忘れもしない22歳の誕生日の一週間後だった。
誕生日を過ぎてから所々話している内容が聞き取りにくくなっていた。あの時も思い出せば逆再生をしているのに似ていた気がする。本を読んでいると母から「上下逆さま」だと笑われ、異変に気づいた。そんなことないと言う私に不思議がった母はその後、自分で調べていたらしい。そして翌日、母が目を真っ赤に腫らして病院に行こうと言った。
病院に着いてから問診票を書き、診察室に通され、医師から病状を聞くこともなく、「逆さ病です」と淡々と言われたらしい。医師から逆さ病について簡潔に話してくれたが、母が泣くのを我慢している表情をしているのを覚えているぐらいで、その時の私は半分も頭の中で理解できなかった。話している言語は時々おかしな言語を使っているかのように耳に入らなかった。
その後、私は看護師から本を渡され、「声に出して読んでください」とゆっくりとはっきり言った。私は声に出して『桃太郎』を読んだ。次に「写してください」と同じ看護師に紙とペン、それから文章が書かれているものを渡され、同じように書いた。最後は「ここまで歩いてください。その時、障害物を右、左の順で避けてください」と言われ、障害物を避けるために右に曲がったり、左に曲がったりしながら指示された方向へ歩いた。
看護師は「これで検査は終了です」といい、私たちは一度、待合室に戻った。
母は医師からもらったパンフレットを読んでいるようで、真剣に見ている。
私は母の隣に座り、声を掛ける。
「終わったの?」
「うん」
そんな短い会話だった。
私は母の読んでいるパンフレットを読もうと横からのぞき見たが、読むのにも逆さで読む必要がある。
母からパンフレットを受け取り、逆さで読もうとすると、母は悲しそうな目をする。それが嫌で、パンフレットを母に返す。どっちにしろ、私は長くないのだろうと思っていた。だから母が泣き、辛そうで苦しそうな顔をするのだと。
看護師から名前を一度呼ばれたらしく、母が立ち上がり、看護師は私と母を後ろに連れて応接室のような間取りの部屋に案内された。
中では若い医師と言うより新米教師と言われたほうが納得できる女性がいた。髪は短く、にこりと笑えば綺麗な気がするのに、無表情でこちらをじっと見ていた。
「はちにんこ」
母はペコリと頭を下げたので、私も頭を下げる。女性医師はボイスレコーダーのような機械を取り出し、再生した。
「貴方が希代さんですね」
はっきりと私に聞こえた。あんなに医師の言葉が聞き取れなかったのに、女性医師の声は一言一句漏らさず聞こえた。私は言葉がわかることにうれしかったが、逆に母の顔はずっと険しいままだった。
「貴方は『逆さ病』という病気です。発症してからの進行が早く、治療法も進行を遅れさせるための薬も開発出来ていません。ですが、死亡率はほぼ0に等しい。詳しくはこちらのパンフレットに書いてあるので、一読してみてください。読みたくなければ読まなくて大丈夫です」
そう言い、パンフレットを手渡した。私はパンフレットを受け取り、読む。母と女性医師は2人で話しているようだが、私には聞き取れない。
パンフレットには「死ぬ確率は殆どない」「ほとんど全てが逆さになる」「進行が早く、最後には聴覚、視覚、歩行(左右)、読み書きの全てが逆さで行うことになる」など、他の人が辿ったものから結果論、現在わかっていることが簡潔に書かれていた。確かに、私に当てはまっていることもあるのだろう、なんてことを考えながら読む。
母が泣きたくなるのも分かる。この病気の自死率がほぼ百パーセントだった。しかも全てが逆さで行わなければならないと言うことは、話せる人も観れるものも限られる。今より娯楽も数少なくなるだろう。
逆さ病について、分からないことが多すぎることも原因であるはずだ。
私が一通り読み終わると、医師がまたボイスレコーダーのボタンを押した。
「貴方は『逆さ病』のステージⅡだと考えられます。これからいくつか注意点をお話します」
医師がボタンを押したボイスレコーダーはその後、「この病気に罹っても生きている人がいるので心配しなくてもいいこと」
「先程、検査をお願いした看護師も同じ『逆さ病』であること」
「週に1回、定期的に病院に通う必要があること」
「国から手当てが出るため、仕事や学業は無理しなくても大丈夫なこと」
「医療の向上に手を貸してくれるのであれば、給付金も出ること」
などを聞いた。
でも、私はほとんど聞いていなかったに等しかった。あの看護師が『逆さ病』?
なら私はあの看護師の話していることがわかった私は…。
私は下を向いて笑った。なんだかおかしく思った。すべて『逆さ』なんて考えたことがなかった。
来年から仕事が始まる。
やりたい仕事につけて友達と「来年からはちゃんとした社会人だね」なんて話をしていた。
私は顔を上げ、医師を見て
「ふざけないでよ」
私はそう言ったはずだ。
なのに、なんで医師や母はそんな憐れみの目で私を見るのだろう。
私はその場にいたくなかった。なのに逃げたいのに逃げる場所が分からない。どこに行けばこの地獄から逃げられるのだろう。わからない。
私はその後の出来事を覚えていない。
気づいたら私は病室で寝ていた。目を開けると母が心配そうな顔をして声をかけてくれたが、その時、もうすでに正確に聞き取れなくなった。
父が呼んで来たのだろう、医師がこちらへ来た。そして、『逆さ病』の看護師を紹介するように動いた。
『逆さ病』の看護師は一礼し、「よろしくね」と声をかけられた。私はただ頭を下げた。両親は心配そうな顔をしていたが、返事をしないことや反応が薄いことでさらに心配された。
それから医師は両親と部屋を出ていった。
看護師が私に医師から詳しい説明を受けるために2人は行った、と伝えられた。
その人は側に座り、私の覚えていない記憶の部分を話してくれた。
その看護師から聞くとこれによると、私はただボーっと何もすることもなかったという。話が終わったあとも立ち上がらず、声をかけられても返事もしなかったらしい。
おかしいと思った医師が病室を手配し、即日入院となったらしい。
「辛くないんですか?」
私は看護師に聞いた。
看護師は柔らかい笑みと辛そうな笑みを混ぜたような顔で言った。
「もう慣れましたよ。今は同じ『逆さ病』の人のために私は働いています。病気っていうくくりだからお給料も少し上乗せられるし」
看護師は力こぶを作り、さらに元気に笑って言った。この人は乗り越えられた人なんだ。そう感じた。
「まあ、いろいろと不便なので私の場合、同じ逆さ病の患者さんしか関われないんですけどね」
そんな話をしてから看護師は私にいくつか質問をして両親と入れ違いに去っていった。
「れこ」
両親はそう言って紙を渡してきた。
私は紙を受け取り、とても怖かったのを憶えている。もしかしたら勘当されるのかと思った。
しかし、私の予想より遥かに私は両親に愛されていたらしい。その紙は手紙のようで、母と父、合わせてB5サイズの紙にびっしり書いてあった。
母からは治療費は気にしないでいいことや仕事についても書かれていた。そして、私がどうしたいのかを問う言葉が書かれていた。
父からも同じようなものだったが、父の方が言葉が強かった。「どうしたいのか」ではなく、「どうするのか」と書かれているのが印象的だった。
その手紙は今でも大切に宝箱に入っている。
「ありがとう」
私はそう言ったはずだったんだ。だから、泣かないで、辛そうな顔をしないで、謝らないでほしかった。
私の荷物が書かれた紙を渡し、私が欲しいものを書き出す。それを母が受け取り、2人は帰っていった。その背中がとても小さく見えた。
それから、私はうつ状態であること、そして病気になったという点で半年ほど入院することになった。
週に3回、両親が代わる代わるで私の様子などを見ていくが、だんだん病室にいる時間が少なくなっていった。最初のーヶ月はニ時間ほどいたのに最近は三十分いれば良い方だ。卒業した後に会う約束をしていた友人には忙しくなったからこれから遊べないことを母が私が書いた文をそのままメールでうってくれた。
医師や看護師のすすめで同じ病気の人と話した。
その人達の全員が生きる希望をなくしていた。
ある人は家族から見放され、またある人は病気を恨み、私へ何度も病気への恨み言を聞かされた。
ポジティブな人も逆さ文字がすぐに話せるようになったというポジティブとは言えるのか不安になる言葉しか聞かなかった。
みんな、世界に飽きていた。
「どうせ皆こんな奇妙な病気なんか知るわけないんだし、死んでもよくね?」
誰かがそう言った。
周りも何も言わなかったが、同意しているようだった。
こんな話を聞いて誰が元気になるのだろうか。少なくとも私は世界がもっと嫌いになった。
私が入院して三ヶ月が経ったある日、友人が二人揃って会いに来た。
二人は社会人のようにスーツを着こなし、律は黒髪のショートカットでボタンをきっちりと締めている。逆に優佳は茶髪のロングで少し毛先を巻いて軽い服装だった。二人とも驚くほど大人に見える。
私は二人にすら置いていかれたような感覚に陥ったが、二人は気づかずに手をあげて挨拶をした。何も話さなかったから病気のことも知っているのだろう。
私はどうせ友人にはわからないと思い、ぽつりぽつりと心の中にあった掃き溜めを全て捨てた。
「かっそ」
私が話し終わると一人の友人がそう言った。私が聞き返すと今度は少し長く言った。
「うこかつせうょし」
「うもよつせうょし」
二人が示し合わせたかのように何度もそう言った。私は紙とペンを友人に渡し、書いてもらう。
「小説書こう」
「小説読もう」
書いてもらった文字を上から読む。角ばったような小さい字と丸く大きい字が横に並んで書かれていた。
私は小説なら読んでいると本棚を指差す。家にあった本を両親が週に一回、十冊ずつ取り替えてくれる。
だが、友人は首を振り、今度は二人とも「小説書こう」を指差す。
そして、また書き出した。
「『逆さ病』のこと、フィクションにしちゃおうよ」
もう一人にペンを渡し、もう一人は端的に書いた。
「私が校閲する」
意味がわからない。最初に書いた友人は不思議な感覚と考えを持っている。時には私たちを驚かせたり、呆れさせたりするものだ。だが、もう一人はどちらかと言うと現実的な人だ。
私は頭を抱えた。なぜ小説を書く必要があるのか分からなかった。
「『逆さ病』のこと、みんなに知ってもらって、考えてもらうの」
「考える?」
私は筆談でそう聞いた。声で話をするより筆談のほうが格段に楽だった。
「希代が書いて私が校閲、律が出版社に持っていく」
「私たち、希代の心が知りたい」
「だから、書いて」
「私たちに読ませて」
二人が私の方を見た。その瞳はキラキラと輝いているわけではなく、暗く淀んでいた。
「私たちの自己満足に手伝ってもらうことになるけれど、私は希代のこと、大切で大好きだよ」
「私もあんまり人に書いた文字見せたくないけど、希代と話をするためにちょっと練習した」
校正者のクセなのか小さく、読みやすい角ばった文字で書いた優佳や出版社で働いている編集者なのに文字を見せたくないなど言っていられるのかと不思議な事を言う律。
二人は性格としては正反対というほど思考が違うのに本や友人のことになると一直線に茨道へと向かっていく。私はどちらかと言うと回り道をして茨道以外の経路を探し、見つからなければ嫌々通る人だった。
「一緒にやろう」
「無理強いはしない。でも、やりたい」
そう書き足された。
本当に、二人は一直線に来る。どれだけ逃げても追いかけて手を取る。
私は重い腰を上げていつものように二人の後をのんびりついていく他ないらしい。
「いいよ」
私は二人にそう書いた。
二人は嬉しそうに笑顔になると思っていたのにそんなことにはならず、そのまま文字でのお叱りを受けた。
その内容は書かなくてもわかるはずだ。私は不服だと思いながら文字を読んでいるとそれを見た律は震える手で「怖かった」と書いた。
「ごめんなさい」
紙いっぱいに二人の文が詰め込まれ、新しい紙を取り出し、書くと二人は笑った。最初に挨拶したとき以来の笑顔だった。
そして、次の紙に何を書くのか恐る恐る見ていると優佳はバックからファイルを取り出した。
そこには表紙にー言、プリントアウトされた文字で
「『逆さ病』小説作成における予定表」
と書かれていた。
どうやら前もって作ってあったようだ。準備がよすぎる。
そして、その予定表を受け取り、私は読み通す。小説を何度も読んでいると読み方が分かり始める。逆さにして読むと一番楽なこと。そして横書きの文は下から読み始めなければ読めないこと。
私は逆さにして下から読む。
資料を読んでいる際、二人は私が聞き取れないのを忘れているのか、二人でスケジュール表を見せあいながらなにか話をしていた。
その資料には今週から来年までの予定が書かれていた。
今週から書き始め、半年で流れとして完成させる。残りの半年で校正し、出版社に願い出る。本になれば次の本を、本にならなければまた再度練り直し、来年に同じように出版社へ。
大体こんな動きだった。
私が一通り読み終わると二人の様子を観察する。その視線に気づいた律は優佳に声をかけて紙になにか書き出した。
その紙には
「この予定表に沿って書いてもらえると助かる」
「私たちも時間がある時に来るから」
「多分、週に1回は顔合わせられると思う」
「夜っていつまで病室に来れる?」
などの質問や計画が次々とざっくばらんに書かれていく。
ああ、逃げられないな。
私は悟った。小説を書くことを決めてから。いや、この二人と友達になってから、もしかしたら本を好きになってからかも知れないが、どれでもいい。
どっちにしろ、ここから逃げられないらしい。
私は一つ一つ質問を答え、わからない場所は看護師に聞いてほしいと一言添えた。
そして、律は新しい紙を要求した。
私は紙を取り、渡す。そして律から生まれる文字を読んでいく。
「火曜日に優佳、金曜日は律、第二土曜日に三人で集まって調整。できれば毎週土曜日には三人で集まりたい」
そう書いた律は優佳にも見せると頷いた。
「ということで頑張って。火曜日にまた来るから」
優佳はそう書くとすぐに病室を出た。
律はペンを取ってスラスラと書き出す。
「校正がまだ残ってるんだって。締切が明後日」
「大変だね」
「まあ、仕事だからね」
「うん」
「希代は仕事しなくてよかったの?」
「仕事できないから」
「調べてみたけど、逆さ病の患者も受け入れてる病院図書館があったよ」
「そこにいてもお荷物になるだけ」
「そっか」
私は本棚から一冊の本を取り出し、律に渡す。
律はその本を受け取り、表紙と裏表紙を読んで笑った。
その本は臓器移植について書かれた小説だった。
「死んだら臓器移植してほしいの?」
私は頷く。律は少し悲しそうにしたが、すぐに笑った。
「いいよ。文面におこして印鑑も押して。そしたら、ちゃんとしてくれる」
それから律と別々の本を読んだ。私たちは毎回、遊ぶ約束をしても話すことはなく、本を読んでいた。律は私が逆さで本を読んでいることを気にすることはなく、私の持っていた読んだことのない本に敬意を示すように背筋を伸ばして真剣に読んでいた。
私は次の日、律の言っていた通りに臓器移植についての文面を書き、印鑑を押した。そして、一番上の引き出しへしまう。
そして私は意を決して原稿用紙に一文を書き始めた。
私は『逆さ病』なんて知らない。私は『逆さ病』なんかじゃない。
私の心を代弁するようにそう書いた。でも、違うような気がして消しては同じ文言を書いた。
わからない。なんて書けば正解なのだろう。正解がわからない。人一倍小説を読んでいたとしても、書くものと読むものは別だった。
『逆さ病』を知っていますか?
最初の一文はこれにした。
まずは『逆さ病』について淡々と書く。
そして消す。時々消すのが面倒になってそのまま原稿用紙を捨てることも多々あった。
そんなことを数日間行うと、どんどん原稿用紙がなくなり、両親に来る時に買ってきてもらったり、看護師から原稿用紙の売っている場所を教えてもらい、買いに行ったりしなければならなかった。
私は両親に原稿用紙を持ってきてほしいと書いたときの驚き具合が面白おかしかった。
二人とも何があったのか聞くこともなく、ただ泣きそうな顔をして「わかった」と震えた文字を書いていた。
看護師に原稿用紙のある場所聞くときょとんとしてからひまわりが咲いたように笑った。
「近くに文房具屋さんがあるからそこで買うといいよ。あそこは"上から読んでも下から読んでも"同じ値段だから」
私は看護師にお礼を言い、そこへ向かうことにした。病気になってから初めて外を歩くということで看護師は心配のようだし、私も不安だったため、看護師と一緒に向かった。
その文房具屋はこじんまりとした小さな家のようだった。かろうじて入り口のガラス戸に『店開』と書かれているから開いているらしい。
看護師は扉を開け、中に入る。
私も後ろをついていく雛のように怯えながら店の中へ入る。
「原稿用紙はここ」
原稿用紙を中腰になって取り出した看護師がそう言いながら手渡してくれた。
「ありがとうございます」
私はお礼を言いながら値段を見る。
値段は131円。どうやら上から読んでも下から読んでも同じというのは本当らしい。
他にシャーペンとシャーペンの芯を取り、原稿用紙と一緒にレジへ持っていき、レジの台に置く。お金もちゃんと持ってきた。
店主はずっと怒っているような顔をしたおばあさんだった。しかも無愛想。よくお店が成り立っていると思うほどだった。
店主は看護師を見ると隣においてあったバインダーを開いた。中を見ると普通に読める。おそらくすべて逆さで作られているのだろう。
看護師は『会計』を指差す。
店主はバインダーをそのままに商品の代金をレジへ入力した。
原稿用紙は111円、シャーペンは88円、シャーペンの芯は88円だった。高いのか安いのかわからない。
「282」
レジの電子板にはそう書かれていた。合計金額が少しだけ安くなった。
私は285円をトレーの上に乗せる。
おばあさんはお釣りを渡さずに私に個包装になっている小さな飴とメッセージカードを取り出し、ペンで書いた。
覗き込むと何やら文字を書いている。
おばあさんがペンを置き、私にメッセージカードと飴を渡した。
そこには
「頑張って」
としっかりとした字が書かれていた。
おばあさんは一瞬優しい顔になったが、すぐに無愛想に戻ってしまった。そして、そのメッセージカードとお釣りを渡した。私はその2つを受け取り、店を出ようとした。
すると、私たちに
「またね」
と声をかけた。
私は驚いて後ろを振り向くとおばあさんは無愛想な顔をしてこちらを見ている。
「なきいとさっさ」
おばあさんがそう言って追い払うように手を動かした。
看護師は苦笑いをして店を出ていく。
私もおばあさんに一礼し、店を出る。
ただの無愛想で怖そうなおばあさんじゃないらしい。
「あそこのおばあさん、性格が反対なの」
看護師は楽しそうにくすくすと笑う。
「私がこの病気になったって伝えてからツーンってしてたのに急に値段変えちゃって。しかも全部だよ。反対から読んでも大丈夫なように同じ値段にしたみたいだけど、2は5に見えるし、7はLに見えるしでほんと面白くて」
そこで看護師はおばあさんの店を懐かしむように目を細めた。
「私、あそこの常連だったの。その時はとっても優しくてニコニコしてて、こっちまで優しくなれるような雰囲気だったのに、今は」
と看護師は悲しそうに言い、上を向いた。
「多分、全部正反対っていう本を読んだんだろうね」
「全部?」
「そう。受け取る情報すべて反対に聞こえるっていう本が昔出回ったの」
「それを信じてるの?」
「多分」
それじゃあ、無愛想なのは笑おうと、『頑張って』は『頑張らなくていい』と、追い払うようにしたのはこっちに来てほしいと言ったのだろうか。
「ほんと、みんながこの病気を知らなすぎるのも良くないよ。どうしたらみんなに知ってもらえるんだろう」
私は看護師の言った『どうしたらみんなに知ってもらえるんだろう』と言う言葉にハッとした。2人の友人も『みんなに知ってもらって、考えもらう』と書いていた。
そのためには本が一番いいことを私たちは知っていた。だから2人の友人は当事者の私に声をかけ、小説を作ってもらおうとしたのかも知れない。
「看護師さん」
「どうしたの?」
「手伝ってください」
看護師はきょとんとした顔をしてから私たちがやろうとしていることを話した。
すると、どんどん顔に熱が集中しているのか、赤みが増している。
すべてを話すと私は久しぶりにたくさん話したこともあってすごく疲れた。私が息も途切れ途切れになっているのとは逆に看護師の表情はとても嬉しそうな楽しそうな顔をしていた。
私が見たかった友人たちの笑顔に似ていた。
「私は何をすればいいの?」
看護師は真剣そうに、でもすごく楽しそうな顔をしてじっとこちらを見ていた。
私は本を書くことにおいて情報が足りなかった。私の知っている情報はすべて逆さで行うようになってしまうことや死亡率がほぼないこと。そして自殺者が圧倒的に多いことだけだ。それ以上のことはあまり知らない。
私が知っている情報以外の逆さ病について、詳しいことを教えてほしいと伝えると、少し考えていたが、看護師は頷いた。
「私が知っていることで個人情報の範囲外だったら、教えてあげる」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。これで情報資源はゲットした。
今度は私が書かなければいけない。私だけの話ではなく、みんなが納得し、前に進められるような手紙のような話を。




