前編
町に入ったところで私が足を止めると、周囲の人達が驚きの目を向けてきた。おそらく彼らには私が突然現れたように見えたに違いない。
私はささっと乱れた髪を直して周りに笑顔を振り撒いた。
「あ、今のは転移の魔法です。お気になさらず」
本当は普通に走ってきただけなんだけど、なかなか信じてもらえないだろうし、こう説明するのが一番早い。
ここはクロイゼム王国の王都で、私は訳あってこの町に派遣されてきた。
町の住民達を見回すと、誰もが普段と変わらない生活を送っているように見える。パニックにならないように、やはり緊急の情報は伏せられているみたいだった。
……数分後にこの王都は消滅します。
なんて言われても困るだろうしね。
それでも上層部の人達には伝わっているはずだし、私がやって来るのも知ってはいるはず。急いで城まで行きたいから迎えにきていてほしかったんだけど。早くしないと間に合わなくなってしまう。
と視線を彷徨わせていると、何だか高貴な装いの女性がこちらに歩み寄ってきた。
「もしや、聖女のリナ様ではありませんか?」
「はい、そうです。連合軍から派遣されてきました、レゼリオン教国のリナです」
「まあやはり! お待ちしておりました。私は公爵家長女、キャロラインと申します」
「公爵家……? とにかく迎えにきてくれて助かりました。早速あの王城まで連れていってください」
「え、お城にですか? ……承知しました、参りましょう」
てっきり騎士の人達が出迎えにくるかと思っていたんだけど、なぜ貴族のご令嬢が? うーん、城まで案内してくれるなら別に誰でもいいか。
今から一年前、私はこの異世界のレゼリオン教国に聖女として召喚された。
元は地球の平和な日本でごく平凡な女子高生をしていた私。それが一転して、魔獣との大戦まっただ中のこの世界に放りこまれる。
私以外にも転送されてきた者は沢山いて、全員に共通しているのが、ギフトという特別な能力を有していることだった。ギフトはこの世界に存在している魔法の優位特典とも言い換えられる。例えば、【烈火】なら火系統の魔法の威力が全般的に大きく上昇する、といった具合に。
そして、幸か不幸か私が発現したギフトが……。おかげで自国のみならず、各国で作る連合軍の戦線を忙しく飛び回る運命を背負う羽目になった。
今日も魔獣の標的にされたこのクロイゼム王国の救援にやって来たというわけだ。
キャロラインさんの馬車に乗せてもらって町を進むこと数分、ようやく私は王城の門をくぐることができた。
ふむ、門番達も彼女の顔を見るとすんなり通してくれたね。やっぱりこの人が正式な出迎えだったのかな。
「リナ様、お城の中まで来ましたが、この後はどうなさるのです? やはり国王様の所に? できましたなら王子様の所には……」
馬車から降りるとキャロラインさんが何やらもごもご言いながら尋ねてきていた。
「いえ、国王様にも王子様にもお会いしている時間はありません。このまま城の屋上に行きたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんですよ! 人もいませんし実に好都合です!」
「え、好都合って……?」
「……こちらの話です」
どうもこのキャロラインさんは挙動不審な感じがする。いや、私の考えすぎかな。王国滅亡の危機だし、多少は様子がおかしくもなるよね。
城の階段を上りながら、前を行くキャロラインさんは振り返ることなくぽつぽつと話しはじめた。
「ご存じではないでしょうが、私達の王国には古くからの言い伝えがあるのです。他国より訪れた聖女が王子様と出会い、二人は結ばれるというお話でして」
「そうなんですか、ロマンチックなおとぎ話ですね」
「ええ、そして王子様と結婚した聖女は王妃となって、末永く幸せに暮らすそうです。つまり、聖女が結ばれる王子様とは第一王子のブレンダン様……」
「そうなん……、……え?」
「……先ほどは言いそびれましたが、私はブレンダン様の婚約者なのです」
え……?
ちょうどこの時、私達は階段を上り終えて城の屋上へと出ていた。高台に建てられた城の天辺とあって、王都の町並を一望できる。
しかし、そんな素晴らしい眺望よりも私の視線はキャロラインさんに釘付けになった。
今出てきたばかりの扉を閉めた彼女は、封鎖するようにその前に立つ。それからナイフを懐から取り出した。
「……ブレンダン様の婚約者になった時から、ずっと不安だったのです……。いつの日か聖女が現れて、あの方を奪っていくのではないかと……。……そして、ついにその日がやって来た! あなたはやって来た!」
キャロラインさんは鞘から抜いたナイフを握り締め、小刻みに震えながらそれを私に向ける。その目は血走っていて、どう見ても正常ではなかった。
短い時間での豹変ぶりに、私は気持ちごと後ろに一歩引く。
これに対してキャロラインさんはじりじりと距離を詰めてきた。ピタッと停止したかと思うと、突然ナイフを構えて突進を開始。
「聖女であるリナ様が悪いのです! 愛する人のために死んでください!」
愛する人のためじゃなくてあなた自身のためですよね!