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漁師町の旅館息子、異世界の勇者に選ばれる

作者: RISE

なんでもない日本の港町が、とんでもない勇者誕生の地になることを、誰が想像出来ただろうか。

「――おーい、湊! 干物の注文票まだか!」

「はーい!」

 俺は富津にある港町の旅館の息子、富津湊ふっつ みなと

 小さい頃から漁師の親父の手伝いをしながら、今は母さんの実家である旅館を継ぐ準備をしている。

 地元の観光客は減ったけど、夏の海水浴シーズンと潮干狩りの時期はまだまだ人が来る。だから俺の毎日は、漁の手伝いと旅館の仕事で埋まっていた。

 ――普通の、なんでもない日常。

 そう思っていた、あの夜までは。

 その日は漁の片付けが遅れて、富津岬の灯台近くに寄った。

 夜の海は真っ暗で、沖のほうに漁船の灯りが点々と見える。潮の匂いに混じって、どこか鉄のような焦げたような匂いがした。

「……なんだ? 火事か?」

 次の瞬間、空が裂けた。

 いや、本当に“裂けた”としか言いようがない。灯台の先に、巨大な光の縦穴が開いたのだ。

 ドオオオォォ――ッッ!!

 地響きと共に、海面が爆発したみたいに盛り上がる。

 そこから出てきたのは――

「……嘘だろ、魚じゃねぇ」

 全身が甲殻に覆われた巨大な怪物。鋏を持った蟹のようでいて、背中には触手が蠢いている。

 俺は腰を抜かしかけた。けど、次の瞬間、怪物は富津の港の方へと突進していった。

「やばい! 旅館の方に行っちまう!」

 気づいた時には、俺の足は勝手に走り出していた。

 港では既に騒ぎになっていた。

 親父や漁師仲間が棒や網を手に立ち向かおうとしていたが、怪物の鋏が一振りされるだけで船小屋が粉々に砕ける。

「逃げろ! あんなもん相手にできるか!」

 誰かが叫ぶ。けど、俺の目に映ったのは旅館の前に立ち尽くす妹――美咲の姿だった。

「美咲!」

 俺は叫びながら走り、妹を庇うように飛び出した。

 その瞬間――

 ――光が俺を包んだ。

『……選定完了。勇者に認定します』

 頭の中に、知らない声が響いた。

 視界が一瞬真っ白に染まる。気づけば、俺の右手には見たことのない長槍が握られていた。

「な、なんだこれ……?」

 海に使う銛に似てるけど、先端は青白く光っていて、柄には波の紋様が刻まれている。

 怪物が俺に向かって突進してきた。

 恐怖で身体が震えたが――不思議と逃げようとは思わなかった。

「来いよ化け物……! 俺は漁師町の息子だぞ!」

 振り下ろされた鋏を、俺は反射的に槍で受け止めた。

 ガキィィン!

 火花が散る。と同時に、槍から水しぶきのような衝撃波が放たれ、怪物の甲殻を弾き飛ばした。

「な、なんだ今の……!? 俺がやったのか!?」

 戦いは混乱の連続だった。

 怪物は鋏だけでなく、背中の触手からも黒い液体を噴き出し、地面を溶かしていく。

 親父たちが網を投げて動きを封じようとするが、すぐに引き裂かれてしまう。

「兄ちゃん!」

「美咲、下がってろ!」

 妹の叫びを背に、俺は槍を構え直す。

 頭の中の声が再び響いた。

『漁師の知識を起動。対象:魔獣。弱点:腹部の柔組織』

「……腹か!」

 俺は飛び込んだ。波止場を蹴って一気に跳び、槍を怪物の腹に突き刺す。

 ズブリ、と手応え。光が弾け、怪物が断末魔の叫びをあげて崩れ落ちた。

 その瞬間、光の門が一時的に収縮した。

「……湊、お前……今の……」

 呆然とする親父や町の人々の視線が俺に集まる。

 俺は荒い息を吐きながら槍を握りしめた。

『勇者よ。使命を告げます。この門の向こう、異世界〈ラ=アール〉が滅亡の危機に瀕しています。あなたの力で救わなければ、こちらの世界も共に滅びるでしょう』

「はぁ!? 滅亡!? 俺が勇者って……冗談だろ!」

 頭の中で誰かが勝手に運命を決めている。だが、目の前には守りたい町と家族がいる。

「……くそ、ふざけんなよ。でも――逃げられねぇよな」

 俺は槍を肩に担ぎ、光の門を睨んだ。

 門の向こうから、まだ何かが蠢いている。

 美咲が俺の背中に小さく声をかけた。

「兄ちゃん……行くの?」

「ああ。けど心配すんな。俺は必ず帰ってくる。だって俺は――漁師町の旅館息子だからな!」

 門が再び大きく開く。光に包まれる瞬間、俺は旅館の灯りを一度振り返った。

 あの灯りに必ず戻ると誓いながら、俺は異世界へと足を踏み出した。

――こうして、なんでもない富津の町から、とんでもない勇者譚が始まったのだ。

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