団栗への情熱
……。
気がついたら異世界だった。
森の中で目を覚ましたリスは安心した。森なら生きていけそうだ。しかし、どんぐりがないのなら生きていてもしょうがない。
リスはヤケになっていた。
「はあ、どんぐりがないんじゃあなぁ……。かけっこだって、今の体じゃあ……」
水面を鏡にして自分の体を見るリス。
かつて強健だった脚は短く細く、腕はどんぐり一個抱えるだけで精一杯。
彼は子供に戻っていた。
「まあ仕方ない。まずは生きることだけ考えよう。生き甲斐がないとは言っても、苦しいのは嫌だしね」
*
そうして三年が経った頃、リスはかつてより強靭に育った肉体に驚いていた。
久しぶりに水面鏡で姿を確認したときのことだ。
「な、な、なんだこれーっ!」
かつての弱々しさは見る影もなく、筋骨隆々、泰然自若、凄まじい威圧感の巨大なリスがそこに鎮座していた。
リスはその極太眉毛をくいっ、と上げて、目を大きく見開いた。
「こっ、これが……ぼくだというのか?」
声も野太かった。
思えばみんな、前世の時と比べて優しかった気がするけど、あれってこの見た目が理由なんじゃ……。
リスは苦悩した。
苦悩して、苦悩して、やがて開き直ってこの姿を利用することにした。
「この威厳があれば、森の動物たちを従えて、どんぐりを作る研究ができる」
こうして、ドングリス・キングダムは建国された。
*
幸い、この世界での優劣はかけっこで決まったので、血は流れなかった。
威厳は関係なかった。
身体能力で圧倒した。
逆らうものは、皆スタートラインに置き去りにした。
風を切るのは気持ちよかった。
「ああ、これでどんぐりさえあればなあ」
リスは玉座に腰掛けながら夢想した。どんぐりがあった前世の世界を。