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庭の要塞化

イリアが去り、蒼は一人、庭のさらなる可能性を探る。彼は、植物たちが持つ力が治癒だけでなく、攻撃や防御にも応用できることを発見する。庭は単なる菜園ではなく、難攻不落の要塞へと変貌し、蒼は来たるべき脅威に備える。

女騎士イリアが、使命感に満ちた表情で森の奥へと消えていく。その凛々しい後ろ姿を見送りながら、緑川蒼は一人、静まり返った庭で深く息をついた。彼女がもたらした情報は、彼の心に重くのしかかっていた。自分の力が、悪意ある者たちの標的になる可能性。この愛する庭と家が、暴力によって脅かされるかもしれないという現実。それは、平和な日本でのんびりとガーデニングを楽しんできた彼にとって、想像を絶する恐怖だった。


「守らなければ…」


蒼の胸に、かつてないほど強い決意が芽生えた。この庭は、もはや単なる趣味の空間ではない。異世界で生きるための、唯一無二の拠点であり、彼の命そのものだ。彼は、イリアが戻ってくるまで、そして、その先に待ち受けるかもしれない脅威に備えて、この庭の力を最大限に引き出すことを決意した。

まず彼が向かったのは、庭の周囲を囲むように植えていたツタの生垣だった。今までは、ただの目隠しと装飾の役割しか果たしていなかった。彼は、そのうちの一本のツタにそっと手を触れた。そして、強く念じる。イリアを守っていた、あの見えない結界のような力を、もっと物理的で、確実なものにしたい、と。


「もっと強く、硬く。この庭を、誰も通さない壁になれ」


その瞬間、蒼の手のひらから温かい光がツタへと流れ込んでいく。すると、彼の目の前で驚くべき変化が起こった。指ほどの太さしかなかったツタが、みるみるうちに人の腕ほどに太くなり、その表面は瑞々しい緑色から、鈍い金属光沢を放つ黒鉄色へと変わっていった。節々からは鋭い棘が無数に生え、もはや植物とは思えない威圧感を放っている。彼は試しに、物置から斧を持ち出して、その変貌したツタに力任せに叩きつけてみた。ガキンッ!という甲高い音が響き、斧の刃は見事に欠け、ツタには傷一つついていなかった。


「すごい…」


彼は同じ作業を庭の周囲全体に施した。数時間後、彼の家と庭は、まるで古代の茨の城のように、侵入者を拒む黒鉄の生垣で完全に囲まれていた。

次に彼が注目したのは、趣味で育てていた食虫植物たちだ。玄関脇に置いていたハエトリソウの鉢植えに手をかざし、彼は魔獣の襲撃をイメージした。もっと大きく、もっと攻撃的に。外敵を確実に排除する、番犬のような存在になってほしい、と。

彼の願いに応えるかのように、ハエトリソウは爆発的に成長を始めた。鉢を突き破り、地面に根を張ると、その捕虫葉は車のタイヤほどの大きさにまで巨大化した。ギザギザの縁は、まるで鋼鉄の鋸のようだ。試しに木の枝を投げ入れてみると、巨大な顎は瞬時に閉じられ、バキリ!という嫌な音と共に枝を粉々に砕いてしまった。蒼は、この「番犬」を、家の入り口や生垣の切れ目になりそうな場所に複数配置した。

さらに、庭の隅で育てていたウツボカズラにも同様の処置を施す。巨大化した捕虫袋は、大人がすっぽり落ちてしまいそうな落とし穴と化し、その中からは、あらゆるものを溶かし尽くすであろう強力な消化液の甘酸っぱい匂いが立ち上っていた。これで、空からの侵入者にも対応できるだろう。

防御と迎撃の次は、索敵能力の強化だ。彼は、庭の片隅で綿毛をつけていたタンポポに目をつけた。綿毛の一つを指でつまみ、「この庭の周りの様子を見てきておくれ」と念じながら、ふっと息を吹きかけた。綿毛は風に乗って高く舞い上がり、森の上空へと飛んでいく。すると、蒼の頭の中に、その綿毛が見ている光景が、ぼんやりとした映像として流れ込んできた。上空から見た森の様子、遠くを流れる川、そして森の中の獣道。それはまるで、性能の低いドローンからの映像のようだったが、情報収集には十分すぎるほどの能力だった。

庭は、もはやただの菜園ではなかった。それは、蒼という「主」の意志と、【聖樹の祝福】という規格外の力が融合して生まれた、一個の巨大な生命体、あるいは自己完結した生態系へと変貌を遂げていたのだ。黒鉄の城壁が物理的な侵入を防ぎ、巨大食虫植物が自動で敵を迎撃し、タンポポの綿毛が周囲を偵察する。そして、家のすぐそばの家庭菜園では、トマトやキュウリが相変わらず、触れるだけで温かい食事や回復薬に変わってくれる。攻・防・索・生産・回復。そのすべてが、この小さな庭の中で完結していた。

実験に没頭していると、黒鉄のツタの壁の隙間から、一匹の小さな生き物が迷い込んできた。それは、翼が片方折れてしまった、リスによく似た小動物だった。庭の結界は、明確な悪意を持たない存在には反応しないらしい。小動物は、傷の痛みからか、地面で苦しそうに丸まっている。

蒼は、その姿に少しだけ、見知らぬ世界に放り出された自分を重ねた。彼は、庭で栽培していたアロエの葉を手に取った。彼のスキルが発動し、アロエは傷に直接塗ることができる、治癒効果の高い軟膏に変化した。彼はその軟膏を、小動物の折れた翼に優しく塗ってやった。すると、軟膏は淡い光を放ち、翼の骨は見る見るうちに繋がり、傷は塞がっていった。

数分後、元気を取り戻した小動物は、パタパタと翼を動かして飛び立つと、蒼の肩にちょこんと乗り、感謝を示すように彼の頬にすり寄ってきた。その温かい感触に、蒼の心は和んだ。自分の力は、ただ敵を拒絶し、破壊するだけの力ではない。こうして、弱き者を守り、育む力でもあるのだ。その事実は、彼の心に灯った決意を、より強く、確かなものにしてくれた。

夜になり、蒼が実験で生み出したヒカリゴケが、庭全体を幻想的な光で照らし始める。完璧な要塞と化した我が庭を見渡しながら、蒼はイリアの帰りを待った。不安が消えたわけではない。しかし、今の彼には、この庭と共に、どんな困難にも立ち向かえるという確信があった。誰かに奪われるためではない。誰かを、そして自分自身を守り、救うために、この庭はある。蒼は、自らが創造した楽園の主として、静かに、しかし力強く、新たな一歩を踏み出す準備を整えていた。

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