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【聖樹の祝福】

呆然とする蒼の前にスキルウィンドウが現れる。【聖樹の祝福】:庭の植物に特別な効果を付与する。試しにミントの葉を摘むと、それは極上のポーションに変化した。

ポケットの中の小瓶をそっと取り出し、蒼は改めてそれを眺めた。先ほどまでプランターに生えていたただのミントの葉が、今は美しい緑色の液体となってガラスの中で揺らめいている。ファンタジーの世界のポーション。その非現実的な物体が、自分の手の中にあるという事実を、蒼はゆっくりと受け入れ始めていた。


「これが…【聖樹の祝福】の力…」


スキルウィンドウに表示された能力を、彼は改めて確認する。自分の管理する庭の植物に、特別な効果を付与する。だとしたら、他の植物ではどうなるのだろうか。好奇心に駆られた蒼は、庭を巡り、能力の検証を始めた。

まず手を伸ばしたのは、真っ赤に熟れたミニトマト。収穫した瞬間、それは手のひらの上で温かい光を放ち、光が収まると、ほかほかと湯気の立つ、栄養満点のスープが入った木製の椀に変わっていた。一口飲むと、濃厚なトマトの風味と、体にじんわりと染み渡るような優しい温かさが広がった。これは食料になる。

次に、満開のラベンダーの花穂を摘んでみる。すると、それは甘く落ち着いた香りを放つ、美しい紫色の香油が入った小瓶に変化した。蓋を開けただけで、心が安らぎ、頭がすっきりするような感覚に包まれる。安眠やリラックス効果がありそうだ。カモミールは心を落ち着かせるハーブティーに、ローズマリーは集中力を高めるアロマオイルに、そして家庭菜園の王様であるジャガイモやニンジンは、それ単体で一食分のカロリーを完璧に満たすシチューへと姿を変えた。

さらに驚くべきことに、蒼は庭の植物の成長速度が異常に早いことに気づいた。昨日まで小さな双葉だったキュウリが、一晩で蔓を伸ばし、黄色い花を咲かせている。この庭の中だけ、時間の流れが違うかのようだ。これも【聖樹の祝福】の持つ、成長促進効果なのだろう。食料も、癒しも、この庭一つで自給自足できてしまう。水は家の蛇口をひねれば、なぜか普通に出てくる。電気やガスはさすがに使えなかったが、サバイバルには十分すぎる環境だった。


「これなら、しばらくはここで安全に暮らせそうだ」


外の森は未知の危険に満ちているかもしれない。下手に動き回るより、この完璧な安全地帯である我が家と庭に籠城するのが最善策だろう。蒼はそう結論づけ、ひとまず落ち着いて今後の計画を練ることにした。

その矢先だった。森の奥から、金属がぶつかり合う甲高い音と、獣の咆哮、そして誰かの悲鳴が聞こえてきたのは。明らかに、誰かが何かと戦っている。関わるべきではない。そう頭では分かっていた。しかし、悲鳴は次第に家の近くへと迫ってくる。

そして、ガサリと庭の生垣を突き破り、一人の女性が彼の庭へと転がり込んできた。銀色の鎧は傷だらけで、肩口からは夥しい量の血が流れている。その背後からは、涎を垂らした狼のような魔獣が、血走った目で彼女を狙っていた。しかし、魔獣は庭と森の境界線、まるで見えない壁があるかのように、そこから一歩も中へ入ってくることができない。どうやらこの庭は、聖域のような力で守られているらしい。

魔獣はしばらく唸っていたが、やがて諦めたように森の奥へと消えていった。残されたのは、芝生の上で荒い息を繰り返す、瀕死の女騎士だけ。蒼は葛藤した。見知らぬ人間を助けるべきか。しかし、目の前で人が死にかけているのを見過ごせるほど、彼の心臓は強くなかった。彼は意を決し、ポケットに入れていた最初の作品――ミントから生まれたポーションを手に、彼女へと駆け寄った。


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