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愛しの我が家と異世界転移

趣味のガーデニングに勤しんでいた緑川蒼は、眩い光と共に、庭ごと見知らぬ森の真ん中に転移していた。

緑川蒼にとって、庭は世界そのものだった。都会の喧騒から離れた郊外に建てた小さな一軒家。その南向きの庭に、彼は心血のすべてを注ぎ込んできた。春には色とりどりのチューリップが咲き乱れ、夏には瑞々しいトマトやキュウリが実をつける。秋にはハーブの豊かな香りが風に乗り、冬には寒さに強いパンジーが健気に花を咲かせる。土を耕し、種を蒔き、水をやり、雑草を抜く。その一つ一つの作業が、蒼にとっては瞑想であり、至福の時間だった。

その日も、蒼は愛用のジョウロを片手に、プランターに植えたばかりのローズマリーに水をやっていた。力強く伸びる新芽に笑みをこぼし、その清涼感のある香りを深く吸い込む。仕事のストレスも、人間関係の悩みも、この庭にいるだけで浄化されていくようだった。まさに、理想のスローライフ。

その、あまりにも平和な日常が唐突に終わりを告げたのは、太陽が真南に差し掛かった頃だった。何の予兆もなかった。蒼が次のプランターに移ろうと一歩踏み出した瞬間、庭全体が、いや、家そのものが目も眩むほどの純白の光に包まれたのだ。


「うわっ!?」


あまりの眩しさに目を腕で覆う。強烈な浮遊感が全身を襲い、立っているのか横になっているのか、上下の感覚さえ曖昧になる。それは一瞬のようにも、永遠のようにも感じられた。やがて、光が収まり、ふわりと足が地面に着く感覚が戻ってくる。恐る恐る目を開けた蒼は、言葉を失った。

そこは、彼の知る日本のどこでもなかった。天を突くような巨大な樹木が周囲を取り囲み、見たこともない色鮮やかな鳥が頭上を飛び交っている。背後を振り返れば、そこには確かに見慣れた我が家と、愛する庭が、まるでおもちゃのように“そこ”に存在していた。まるで、地面の一部を巨大なスプーンでくり抜いて、そのまま別の場所に置いたかのように。


「なんだ…これ…」


呆然と立ち尽くす彼の目の前に、ふわりと光の粒子が集まり、ゲームのウィンドウのような半透明のパネルが形成された。

《異世界への転移を確認しました。ユニークスキル【聖樹の祝福】を付与します》

スキル:【聖樹の祝福】

効果:あなたの管理する庭(領域内)で育成された植物に、特別な効果が付与されます。植物の成長速度が大幅に上昇します。


「聖樹の祝福…?」


意味が分からない。蒼は混乱した頭で、すぐそばにあったプランターのミントに手を伸ばした。いつもなら、その爽やかな香りで頭をスッキリさせるところだ。しかし、彼の指が葉に触れた瞬間、ミントの葉は淡い緑色の光を放ち、彼の掌の上で形を変え始めた。光が収まった時、そこにあったのは葉ではなく、透き通った緑色の液体が満たされた小さなガラスの小瓶だった。それはまるで、ファンタジー映画で見た回復薬ポーションそのものだった。

彼はゴクリと唾を飲む。自分の庭が、家ごと、全く知らない世界に来てしまった。そして、自分の育てた植物が、奇跡のような力を持ち始めた。途方もない現実に頭が追いつかない。しかし、不思議と恐怖はなかった。なぜなら、彼の世界そのものである、愛する庭はすぐそばにあったからだ。蒼は小瓶をそっとポケットにしまい、ひとまず状況を確認しようと、自らのテリトリーである庭の周りを歩き始めた。


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