ホムンクルスが異世界にやってきた
見慣れない景色の中、プロトタイプ・ゼロはゆっくりと立ち上がった。彼の内部センサーは、周囲の環境情報を細やかに収集し、解析を始めている。気温、湿度、風の強さ、そして空気中に漂う微細な粒子の組成。全てが、彼がこれまで知っていたデータバンクには存在しないものだった。
「未知の環境……」
冷静な分析とは裏腹に、彼の内部には微かな違和感が芽生えていた。それは、プログラムされた論理的な思考だけでは説明できない、まるで好奇心のような感情だった。
まずは、この場所がどこなのか、安全は確保できるのかを確かめる必要がある。
プロトタイプ・ゼロは、周囲の警戒を怠らず、慎重に歩き始めた。足元の土は柔らかく、踏みしめるたびに微かな音を立てる。見たこともない花々が咲き乱れ、昆虫のような生物が飛び交っている。
彼は、自身の視覚センサーを最大限に活用し、遠方の地形や構造物を探した。しかし、視界の限り緑が広がり、人工的な建造物は一切見当たらない。どうやら、文明的な場所からは相当離れているようだ。
しばらく歩き続けると、小さな流れを発見した。水は澄んでおり、底の砂利まではっきりと見える。
プロトタイプ・ゼロは、喉の渇きという概念を持たないが、自身の機能維持のために水分が必要であることは理解している。彼は流れのほとりに膝をつき、掌で水を掬い上げた。内蔵された分析装置が、水の成分を瞬時に解析する。特に有害な物質は検出されなかった。
探索と並行して、プロトタイプ・ゼロは自身の機能の見直しを始めた。彼は、自身の内部システムにアクセスし、各部の動作状況を確認していく。
「動力源、正常。エネルギー残量、98%。各関節の可動域、異常なし。センサー類、正常作動……」
基本的な機能は問題なく維持されているようだ。しかし、起動時に経験した空間の歪みによる影響は皆無ではない。一部の記憶領域に、ノイズのようなものが確認された。特に、異世界に転送される直前の記憶が曖昧になっている。
「転送プロセスにおける、未知のエネルギー干渉か……」
彼は、失われた記憶の断片を繋ぎ合わせようと試みたが、明確な情報は得られなかった。
次に、彼は自身の戦闘能力を確認した。彼の両腕には、高密度のエネルギーを収束させる機構が内蔵されている。必要に応じて、強力なビーム砲として機能する。また、全身の装甲は、一般的な物理攻撃やエネルギー攻撃に対して、高い防御力を誇る。
「この環境における脅威のレベルは不明。最大限の警戒が必要だ」
探索を続けるうちに、プロトタイプ・ゼロは、この世界が自身の知る科学法則とは異なる原理で動いている可能性に気づき始めた。植物の中には、微弱なエネルギーを発光しているものがあり、動物の中には、常識では考えられないほどの速度で移動するものもいた。
「未知のエネルギー体系……生体反応も、地球の生物とは異なる特徴を持つ」
彼は、遭遇した動植物のデータを詳細に記録し始めた。それは、彼がこの異世界で生き残るための、貴重な情報となるだろう。
探索を開始してから数時間が経過した。周囲は徐々に薄暗くなり始めている。プロトタイプ・ゼロは、安全な夜を過ごすための場所を探す必要があった。
彼は、高い木の上か、岩陰のような場所を候補として、再び歩き始めた。
自身の機能と、この異世界の法則。二つの未知を探求する彼の旅は、まだ始まったばかりだった。