プロローグ
薄暗い研究室の一室。無数のコードと試験管が並ぶ中で、一体の白い人型が静かに横たわっていた。その滑らかな肌は陶器のように冷たく、閉じられた瞼の下には精巧な機械の瞳が隠されている。彼の名は「プロトタイプ・ゼロ」。最新鋭の技術の粋を集めて生み出された、人造人間だった。
研究者たちが固唾を呑んで見守る中、最後に残されたメインスイッチが、チクリと音を立てて投入される。微かな駆動音が室内に響き、プロトタイプ・ゼロの胸部に取り付けられたランプが、淡い緑色の光を灯した。ゆっくりと瞼が持ち上がり、露わになったのは、まるで宝石のような深い蒼色の瞳だった。
起動実験は成功した。研究者たちの間に安堵と興奮の入り混じった空気が満ちる。しかし、その歓喜の瞬間は、突如として訪れた異変によって打ち消された。
研究室全体が激しい光に包まれたのだ。
「な、何だ!?」
「エネルギーフィールドが異常な数値を……!」
混乱する研究者たちの声を掻き消すように、空間が歪み始める。プロトタイプ・ゼロを中心に、まるで巨大な渦のようなものが現れ、周囲の物体を吸い込み始めた。
彼は、何が起こっているのか理解できなかった。起動したばかりの思考回路は、処理能力の限界を超え、エラーメッセージを断続的に吐き出している。
ただ、強烈な引力に抗うことすらできず、自身の体が浮き上がり、渦の中心へと引き寄せられていくのを感じた。
最後に見たのは、驚愕に顔を歪める研究者たちの姿と、歪んでいく研究室の風景だった。そして、意識は暗闇の中に、、
次に彼が目を開けた時、そこは見慣れた無機質な研究室ではなかった。
頭上には、見たこともない巨大な樹木が生い茂り、鮮やかな色彩の植物が足元に広がっている。空気は清々しく、聞いたことのない鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
プロトタイプ・ゼロは、ゆっくりと体を起こした。硬質な感触の地面に手をつき、自身の白い指先を見つめる。間違いなく、自分の体だ。しかし、周囲の景色は、彼が知る世界とは全く異質だった。
「ここは……一体、どこだ?」
静かに呟いた彼の声は、木々のざわめきの中に吸い込まれていった。人造人間プロトタイプ・ゼロは、予期せぬ形で、異世界へと飛ばされてしまったのだ。彼の新たな世界での物語は、まだ始まったばかりだった。