第1話 86な始まり
俺の名前は神丘颯太。
24歳、走り屋だ。
俺の愛車であるトヨタGR86で今日も峠を駆け抜けていく。
ある日、いつも走る峠に見たことがないトンネルがあった。
「なんだこれ?」
その入り口は古そうで、石がコケに覆われていた。
俺は好奇心からそのトンネルをくぐった。
とても長いトンネルだった。
それはもう、ハイビームで思い切り照らしても、前が全く見えないほどに。
「長いな……」
その光は、いつまでも続いているように見えるほど長いトンネルを照らしている。
どれだけ走っただろうか?
数分間ひたすらにハチロクを走らせ、もう引き返そうかと思ったその時だった。
「うわっ!」
突然トンネルが明るくなり、あまりのまぶしさに俺は一瞬目を閉じた。
そして目を開けると……。
「……どこだここ?」
俺は見たこともない場所に居た。
「え? なんで?」
そこはまるで中世ヨーロッパのような世界だった。
「なんだここは?」
俺はハチロクから出て周りを見渡すと……そこには信じられないような光景があった。
「おいおい、嘘かよ・・・」
道路は石畳で、馬車が走っている。
数は少ないが、蒸気自動車や初期のガソリン自動車もある。
いや、特筆すべきはそこではない。
人々が平然と魔法を使ったりしているのである。
空を飛び、ものを浮かせ、傷を直し、見たことがない生物を飼いならしている。
「なんだこれ?」
俺が唖然としていると、1人の男が話しかけてきた。
「おい、お前。そこで何をしている。」
その男は騎士のような恰好をしていた。
「え? あ、いや、その・・・」
俺は思わず言葉に詰まってしまった。
「まあいい、とりあえず一緒に来い」
男は車から俺を引きずり下ろし、腕を掴むと強引に引っ張っていった。
「ちょっ!ちょっと待ってくれ!とりあえずこの車を路肩に停めるから!」
「はぁ?」
男は怪訝な表情を浮かべたが、とりあえず手を離してくれた。
俺は急いでハチロクを路肩へと移動させる。
「で? お前、名前は?」
男は俺に疑いを持ったのか、ジロジロ見ながら名前を聞いてきた。
「あ、えっと・・・神丘颯太です」
俺は思わず本名を言ってしまった。
「カミオカ・ソータか・・・変わった名前だな」
まあ、異世界だから仕方ないか・・・。
しかし、この騎士はいったい何者だ?
恐らく、騎士団とかいうやつの一人なのかもしれない。
「あの、ところでここはどこなんでしょうか?」
俺がそう尋ねると、男は呆れたような顔をして答えた。
「は? 何を言っているんだ?ここは王都マーロにある騎士団の詰所の前だぞ?」
男は呆れたように言う。
「いや、俺の居た世界では王都マーロなんて無いんですよ。歴史上にも存在しないし。」
俺は正直に言った。
「お前、もしかして異世界人か?」
男はそう言った。
「異世界人?」
俺は首をかしげる。
「たまに居るんだよ。この世界とは全く異なる世界から来たって人間」
なるほど、そういう人も居るのか。
「まあ、とりあえず詰所で詳しく話を聞こうか」
男はそう言うと俺を詰所の中に案内したのだった。
詰所の中には大きな剣を持った騎士もいた。恐らく、この世界での警察のような組織なのだろう。
「まあ、座ってくれ」
男は椅子を勧める。
俺は素直に座った。
「で? なんで突然あんな大通りのど真ん中に居たんだ?」
男が聞いてくる。
「いや、それは俺が聞きたいんですけど・・・」
俺は正直に答えるしかなかった。
「まあ、そうだよな。突然現れたんだからな」
男はため息をつくと、今度は俺に対していろいろと聞いてきた。
「ところで、お前はどこから来たんだ?」
「日本という国です」
俺は正直に答えた。
「日本・・・聞いたこと無いな」
男は首を傾げる。
そんなやり取りがしばらく続いた後、男は言った。
「まあいいや、とりあえず今日はもう遅いから泊まっていけよ」
男はそう言うと俺を宿舎に案内した。
元の世界で一般人だった俺が、こんなところに泊まっていいのかと考えた。だが、この世界での常識すら知らない以上、断るわけにもいかない。
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
俺はそう言って頭を下げた。
そんな俺を見て、男は言う。
「まあ、ゆっくりしていけよ」
そして、男は去っていった。
1人残された俺は部屋の中を見渡すと・・・そこにはベッドがあった。
とりあえず寝ることにした俺はベッドに潜り込んだのだった。
翌朝・・・。
俺が目を覚ますとそこはまだ異世界だった。
どうやら夢ではなかったようだ・・・。
(さて、これからどうしようか?)
とりあえず、昨日の騎士に話を聞こうと思った。
幸い、食堂のようなところで朝食を取っていた。
「あの・・・」
俺は恐る恐る話しかけた。
すると騎士はこちらに気付いてくれたようだ。
「ん?お前か、朝早いな」
騎士はそう言うと俺に座るように促した。
俺は大人しく座ることにする。
「それで?どうしたんだ?」
騎士が聞いてきたので、俺は正直に答えた。
「いえ・・・これからの事なんですけど・・・」
俺がそう言うと騎士は少し困ったような顔をしたが、すぐに笑顔になった。そして言う。
「まあ、いいか・・・教えてやるよ。いいか、異世界からくる人間はたまにいるが、元の世界に戻る方法は確立されていないんだ。だから、この王都マーロで職を見つけるしかないんだ。」
「職ですか?」
俺が聞き返すと騎士は頷く。
「そうだ、だがここは異世界だ。当然文化も違うし、常識も違う。だから最初は戸惑うことも多いだろう。」
俺は黙って聞いている。
「まあ、頑張れとしか言えないな・・・」
騎士はそう言って笑ったのだった・・・。
こうして俺の新しい生活が始まることになったのである。