チート怪異な八尺様♂は異世界で愛を知るようです【二話目】
「手を見せて。」
「 ぽ ぽぽ?」
どこか夢見心地という様子の八尺はアンナに手を見せてとせがまれおずおずと己の手を見せる。アンナは躊躇いなく八尺の手を取り。爪が伸び放題のぼろぼろと眉をキュッとしかめて。
お手入れしましょうと八尺を自分の居室に連れていく。長椅子に座らせ。アンナは自分の爪の手入れ用具を広げ。爪を切って。削るけれども。嫌ではないと訊ねる。
八尺が小さく頷くと爪切りを手に取り。パチリ、パチリ。小気味良く爪を切っていく。
じっとしててね。深爪になっちゃうとむず痒さにそわそわする八尺にアンナは苦笑して。鋭利に伸びてぼろぼろだった八尺の爪を丁寧に切り終え。爪やすりで形を整えていく。
「せっかく形が良い爪なんですもの。きちんとお手入れしてあげなくちゃね。ほら、こんなに綺麗になったわ。八尺様。」
そうだわ。せっかくだから爪紅も塗りましょうかと。アンナは鮮やかな小瓶を見せる。爪の保護にもなるし。なんといってもお洒落だわ。
塗っても平気?と訊ねるアンナに八尺は頷く。八尺様はどの色が好きかと聞くアンナに八尺はおずおずと黒色の爪紅の小瓶を指差す。
「八尺様は黒が好きなのね。」
「ぽぽ ぽぽ。 ぽ 。ぽ 。 ぽ 。ぽぽぽ 。 ぽ ぽ。 ぽ。ぽ 。 。 ぽ 。 。ぽぽぽ ぽ。ぽ ぽ 。」
「ええ。お揃いね。私も黒は好きなの。曾祖母さま譲りというのもあるけれど。貴方ともお揃いだと想うと。なんだか更に黒が好きになったわ!」
八尺は手入れが施された手を。爪を。それにしても貴方の手は本当に大きいわと八尺の手を頬に当てるアンナを眺めて。柔く微笑み。アンナの両頬をその手で包む。
きょとりとして。それからふくふくと八尺様の手は温かいわねと笑うアンナに八尺は目を丸くして。穏やかに。ぽぽぽと鳴いた。
八尺はアンナの影のなかに潜みながら根気強く話し掛けるアンナを無視する少年に目を細めた。八尺は人見知りだった。来客があると聞き。アンナの影に潜っていたのだけれども。
少年を乗せた馬車を小さく溜め息をついて見送るアンナに八尺は影から這い出て気遣うように見詰めた。
アンナは居室に戻って少年が手をつけなかったマドレーヌに髪の合間から熱視線を送る八尺に口元を綻ばせて。
一緒に食べてくれるかしらとマドレーヌを八尺に差し出す。
八尺は背を屈めてアンナの手からマドレーヌを食べる。ぱやぱやと陽気を発する八尺にアンナは微笑み。今日は上手に出来たのに一口も召し上がってくださらなかったわねと寂しげに呟く。
八尺は口を開き。お代わりをねだりながら目で話を促す。アンナはあの方はゲオルク様。このシュヴァルツ国の第二王子で。私の婚約者よと八尺に語る。マドレーヌを咀嚼してきちんと飲み込んでから八尺はぽぽぽと重ねてアンナに訊ねた。
「昔はね。仲が良かったのよ。でも私って見た目が地味でしょう?それを御学友にからかわれたみたいで。」
近頃、顔をあわせても不機嫌になさっているし。無視されるようになってしまったわ。それは、まあ。別に気にしてないの。慣れたわ。ただ口をきいたと思えば俺の隣に立つなら派手に着飾れ。
地味で凡庸で地味な顔なんだから化粧で誤魔化せとゲオルク様は仰有られるのよ。一度ゲオルク様の言うようにこれでもかと着飾って化粧をしたけど。
「ゲオルク様は地味女はなにをしても地味だなと鼻で笑ってきたわ。地味のなにが悪いのかしら!!むしろ堅実的だと褒められて良いと思うのは私だけなの!?」
ぷくーっと頬を膨らませるアンナの頬を八尺は指で突つく。ふへりと空気を漏らしてアンナは悄気ながら。
私、令嬢のなかの令嬢になると決めたのよと目を伏せながら呟く。清廉潔白な。見本のような令嬢になる。
曾祖母さまの物語のような傲慢で高飛車な悪役令嬢には絶対にならないって。
でもゲオルク様がお望みになられる理想の婚約者は私の目指す姿とは正反対。
まるで悪役令嬢をお望みになられているみたいだわ。婚約者であるゲオルク様に恥を掻かせたくはないけれど。
私は私を偽りたくないと俯くアンナの両頬を八尺は手で包みこみ。ぽぽぽと語調を強めてアンナに語りかける。
「八尺様、」
「ぽぽ ぽぽ。 ぽ 。ぽ 。ぽぽぽ 。 ぽぽ。ぽ ぽ。ぽ ぽ。ぽぽぽ ぽ。 ぽ ぽぽ。ぽ ぽ !」
「···私は私のままで居て良いと八尺様は言ってくれるのね。」
「 ぽ。 ぽ ぽ !」
「そうね。地味は褒め言葉だわ。ゲオルク様には申し訳ないけど。私は清廉潔白で。清楚な令嬢になってみせる!だってそれが私の目指す理想の令嬢の姿ですものね!!」
頑張るわと張り切るアンナに八尺は満足げにぽぽぽと鳴き。アンナを抱えて長椅子に座り。髪の合間から覗く緋色の瞳を窓に向け。ひたりと正確にゲオルクが乗る馬車が走る方角を見詰める。
“アレは。貴女を。傷付けて。哀しませる。善くないものだ。悪いもの。私は。アレが。嫌いだ。とても。とても───。”八尺はアンナの耳を塞ぎながらぽぽぽと鳴いた。
「いやいやいやいやなんで異世界に八尺様が居ますの!?ファンタジーにジャパニーズホラーを何故足したァ···!!」
アンナが十三才の時だった。アインホルン家の領内にあるシュヴァルツ国の建国と共に造られた格式高い教会で一人の少女が神の声を聞き。
死病に冒された大勢の人々を癒し。更には荒れ果てた地に再び穀物を実らせるという奇跡を起こして聖女に列席された。
教会に度々寄進している関係からアンナは同い年の聖女となった少女と顔をあわせる機会があったのだけども。美しい金髪に。澄んだ空色の瞳の少女マリアはアンナの背後を陣取る八尺を見てガタガタと青ざめた。
八尺はゲオルクの一件から常にアンナの背後に控えるようになっていたが。不思議なことに八尺を認識する人間は居なかった。八尺曰く。自分の姿を自在に隠せるし。
知覚させる相手を選べるというのだけども。聖女マリアは姿を隠している八尺を見抜いてみせた。
八尺が面白がってニタリと笑い。ぽぽぽと鳴くと聖女マリアはジャパニーズホラーは管轄外ですわ。
よりにもよって怪異界の大御所がいるなんて予想外が過ぎますのよと勢いよく膝から崩れ落ちた。
「ふふっ。異世界転生したからには現代知識で無双して俺の時代が始まるぜと喜んだものですが甘かったですわ~~!!あと!!私が喋ると強制的にコテコテのお嬢様言葉になるのが!辛い!!なのです!わ~~っ!!似非お嬢様過ぎて我ながら片腹痛しDeathのよ!!」
このときアンナと八尺は思った。おもしれー聖女だと。アンナはビクビク怯えるマリアに。曾祖母がよく作り。アインホルン家の娘に受け継がれてきた秘密のレシピで作ったショーユ煎餅を差し出して口にあうとよろしいのだけどもと微笑む。
マリアは目を見開いて差し出されるままショーユ煎餅を口に運び。醤油煎餅ですわとダバダバ涙を流して。アンナと八尺に自分は日本という国で男子高校生をしていた前世があると打ち明けたのだ。
「アンナ様。聞いてくださいませ~!!私の信奉者気取りの勘違いストーカー野郎が付きまとってきますのよ。ぬぁにが俺の戦乙女ちゃんだ!なのですわ!!」
私、婚約者が居るにも関わらず他の女に色目を使うような軟派な×××××野郎はお呼びではなくってよ!
「そもそも私はごっりごりの男でしてよぉ~~!!」
マリアと出会って二年後のこと。シュヴァルツ国の誇る学院に入学したアンナは。学院の中庭の一角。四阿にて。ぴえぴえと半泣きで訴えるマリアに。
マリアちゃん。モテるものねぇと。家から持ち出した甘い豆を煮て固めたヨーカンをマリアに差し出せば涙を目に残したまま笑い。いそいそとヨーカンを食べ始める。
聖女マリアに前世があること。そして身体は女性でも本人は未だに男であると認識していることはアンナと八尺だけが知るところだった。前世日本という国の学生だったマリアは。電車と呼ばれる乗り物の事故に巻き込まれて亡くなり。
大いなる意志を語る存在によって転生特典なる不可思議な力を多数持たされ。この世界に転生したことを聖樹教の洗礼式で思い出したという。
時たま視界に浮かぶ選択肢を選びながら行動した結果。聖樹教の聖女という肩書きを得るに至ったそうで。そんなマリア。八尺を見た時にも選択肢が表示されたのだけども。
戦うか。戦わないかの二択を前にしてマリアは死んだ目でアンナに怪異のなかの怪異。
存在が最早チートな八尺様に勝てるが訳ありませんわ。どう足掻いても絶望がゴールなのですわと語り。溜まりに溜まった自分を振り回す大いなる意志。神に対する不満を堰を切ったようにアンナに吐露。
その愚痴に律儀に付き合ったアンナは悩みを聞くことぐらいは出来ると慰め。以来アンナとマリアは頻繁に顔をあわせ。時には手紙をやり取りし。親交を深め。親友と言える関係になっていた。
アンナが学院に入学すると聞き。マリアはやっぱり選択肢が表示されたらしく。力一杯。学院に入学するという選択肢を選んだ。親友と学生生活を。青春をエンジョイしたかったとはマリアの言葉だったが。
自分がとてつもなくモテるという事実にマリアは学院に入学して気が付いた。男女関係なくモテにモテる。
もしや転生特典のなかに魅了スキルがあったのではと青ざめたぐらいマリアはモテた。
最初は嫌われるより好かれてる方がなにかと都合が良いですわと。実に軽く考えていたのだけども。私物の歯ブラシが無くなったところでマリアもアンナも違和感を覚えた。
寄宿舎のクローゼットには見覚えのない。マリアの趣味ではない服が詰め込まれ。食べるものには髪や歯などの異物混入。
机のなかやノートに挟まれる大量のラブレターという名の妄想日記。そしておはようからおやすみまで。じっとりねっとり肌に這う夥しい数の視線にマリアは半狂乱でアンナに助けを求めた。
親友の求めに応じて公爵家の権力フル活用でアンナはマリアの信奉者を語るストーカーたちを学院から排除。
ようやくマリアに平和が訪れるかに思われたがストーカーは排除しても排除してもぽこすかぽこすか現れた。泣き崩れるマリア。すっかり人間不信となった親友にアンナはどう声を掛ければよいものかと悩む。
学生のみならず妻子が居る教員までもがマリアのストーカーとなり寄宿舎に侵入。マリアの数少ない私服に顔を埋め。涎まみれにしているところを発見したときはアンナも表情が顔から抜け落ちた。
なおアンナは姉のアリサを頼ってマリアの新しい服を急いで用意して貰ったが。マリアの傷は深くマリアはべそべそとアンナ様だけですわ。私の魅了()に堕ちず普通のままで居てくれるのは!!どうか、ずっと私の側に居てくださいまし!!と泣きじゃくってアンナにすがりついた。
あまりにも不憫だったので。アンナは実家の権力を振りかざすのは好きではないけれども。普通科だったマリアを自分の在籍する魔術科に移籍させて。寄宿舎も隣の部屋にしたし。
アインホルン家から護衛の騎士を派遣して貰った上で。アンナも四六時中マリアと行動を共にした。その結果。マリアの信奉者気取りのストーカーな面々には蛇蝎の如く嫌われて。なんなら古典的なことに校舎裏に呼び出されたりもしたが。
親友の身の安全の為ならばアンナは喜んで嫌われようと思う。第一マリアが全身で拒絶してるにも関わらず。
愛を免罪符にマリアを我が物としようと恫喝までしてくる輩にアンナは親友であるマリアを渡しはしない。暴行されそうになってもアンナには八尺が居る。
例え信奉者たちが結託して一斉に襲ってきたとしても八尺はきっと余裕で勝つだろう。マリア曰く八尺は怪異のチートなのだから。アンナの視線に気づき八尺は任せろと頷いて。ぽぽぽと鳴いた。
「アンナ様。なんであんな軽薄なクソ×××××野郎がアンナ様の婚約者ですの!?」
「マリアちゃん。マリアちゃん。聖女様が口にしたらダメな罵声言葉が飛び出てるわ···!!」
「ごめんあそばせなのですわ~~!!いや、本当に。どうしてアンナ様の婚約者が。あんな愚物なのか。私、理解が出来ませんわ。王家の陰謀ですの??聖女の威光を今こそ発揮すべきかしら?愉快犯。もとい神の啓示と言うことにして愚物との婚約を破棄。いえ破断させるべきでして~~?」
「その場合。ゲオルク様は嬉々としてマリアちゃんと婚約を結ぶと思うのよ。王家の威光を盾にして無理矢理に。」
聖樹教の最大の庇護者は王家。多少の無茶は通せる。きっと理由をこじつけてマリアちゃんを新たな婚約者に据えるわ。
「それぐらいは出来るのよね。腐っても第二王子ですもの。」
《三話目に続く》