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君に捧げる物語

「恋愛小説ねえ。さて、何を書くか」


 帰った俺は、本気で岡さんのリクエストに応えようとしていた。


 なにせ俺にとって初めての固定ファンだ。しかも超絶美少女のJKときている。彼女の期待に応えないなんて嘘だろう。そんなことをすればバチが当たる。


 パソコンに向かいつつ、しばらく天井を見つめている。そうやっていればアイディアが降ってくる気がした。


「あ」


 早くもアイディアが降ってきた。天啓か。やはり俺は創作の女神に愛された男。


 出てきたアイディアを汚らしいノートに殴り書きして、後は一気に作品を書いていく。


 俺の考えたストーリーはこうだった。


 現代の日本で超絶美少女として生まれた小野華莉奈は、その美貌から望まずしてクラスカーストの頂点に君臨していた。


 華莉奈自身はとても心の優しい少女だったが、親友であったはずの珠理奈から裏切られ、その手下から乱暴されそうになる。


 レイプ犯から逃げ切った華莉奈は、ふと油断した瞬間に後ろから来たトラックに轢かれてしまう。


 現世で命を落とした華莉奈は、異世界へとやって来る。そこでは魔王が人間たちを虐げていた。


 転生してどんな傷でも一瞬で癒せる超癒し系美女になった華莉奈は、オカリナと名乗ってスパダリの勇者キートンとともに魔王シャークを討伐しに行く。


 オカリナこと華莉奈が運命の女神から授けられし魔楽器のオカリナを吹くと、美しい音色とともにどんな傷でも癒してしまう。痛みを知る彼女は、傷付いたすべての者に寄り添える女神の化身となった。


 数々の強敵を打破しつつ、勇者キートンとともにいざ魔王のもとへ。


 果たして異世界に平和は訪れるのか。そして、オカリナとキートンの恋の行方は……?


 ――一瞬で思いついた話の割には意外に良く出来ているな。我ながら妄想力の強さに感心した。


 言うまでもなく、オカリナは岡莉奈をそのままカタカナにしただけで、キートンは俺の苗字である鬼頭を少しもじっただけだ。なに、これも役得というものだ。


 珠理奈という裏切り者は、クラスカーストのトップどころにいるギャルモデル、真田樹里亜の名前をもじった。もちろん嫌いな奴だからそういう扱いにしたのは言うまでもない。


 ジュリアからジュリナ。読む人が読めば誰のことかは一発で分かる。だが、ネットの大海では俺のあてこすりも埋もれてしまう。


 心など痛まない。人を見下す嫌な女だから、裏切り者の役にはちょうどいい。


 陰キャの俺はもちろん彼女から賤民のように扱われてきた。もちろん俺は奴隷なんかじゃない。だから真田のことは嫌いだった。憎しみだって創作力に転換されることがあるのだ。


 魔王シャークは鮫島のサメを英語にしただけだ。ラスボスにあいつ以上の適任はいない。あいつは俺にとってまさに魔王だ。間違っても勇者なんかじゃない。


 こうして俺はストレス解消も兼ねて岡さんの要望に応えることにした。恋愛要素はストーリーのどこかでからめばいいだろう。なんならどこかの筋書きをパクって自分用にコンバートしたっていい。どうせ唯一無二の小説を生み出すことなど不可能なのだから。


 ただ、作品そのものは怨みよりも面白さを優先した。そりゃそうだ。この作品はある意味で岡莉奈さんに捧げるものなのだから。彼女が読んで楽しんでくれるのが一番いい。


 そういうわけで、名前以外は割と真面目に執筆した。


 よくある異世界と言えばそうかもしれないが、テンプレ的な題材を使って面白く物語を作るのはそれなりに技量が要る。「あの程度の作品なら俺でも書ける」と言っている人にいざ書かせるとまったく面白くない作品が出来上がるのはそのせいだ。


 色々な思いがあったせいか、作品自体はそれなりによく出来た。ヒロインも作り物めいた感じにはなっていないはずだ。明らかに岡さんをヒロインのモデルにしているからだ。実在する岡さんの方がよっぽどフィクションに近い存在と言える。


 小説を読んだ岡さんから感想が来る。


 ――これ、本当によく出来ているね。面白い。


 たったそれだけのメッセージを何度も何度も読み返した。多分、人生で一番嬉しかった瞬間なんじゃないか。


 きっとこの先公募で大賞を獲ったとしても、これ以上の喜びを感じるのは難しい気がする。それだけ俺にとっては特別な出来事だった。


 まだ岡さんとは手も繋いでいない。せいぜい図書館で軽く話すぐらいだ。あとはSNSで世間話や好きな本について話す程度しかない。


 それなのに、すっかり舞い上がった俺は将来的に岡さんと結婚する妄想まで始めていた。


 結婚すれば、彼女は鬼頭莉奈。語呂としても悪くない。


 彼女と甘い生活を送る日々を想像してみた。希望しかない。彼女のためであれば、俺は人生を喜んで投げ打つだろう。


 ここまで来れば認めるしかない。図書室で何度か会っているだけで、俺は本気で岡莉奈のことが好きになっていた。恋は盲目とはよく言ったものだ。たかだかクラスメイトの超絶美女と親しい風になっただけで、俺は人生のすべてを手に入れたような気になっていた。


 ――本当におめでたい。この時の自分を客観的に見てそう思う。


 だが、世の中はそんなに甘くない。


 天へ昇るような気持ちで浮かれていた俺は知らなかった。


 自分はただ、盛大なる死亡フラグを積み上げているに過ぎないということを。


 そして、その死亡フラグはしっかりと回収されるのだということを。

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