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第四話


――『Vampire・Inspire(ヴァンパイア・インスパイア)』――……。それは今巷で話題になっている小説である。名前からも分かるように吸血鬼モノの小説だ。一般的にこの手のものを好むのは若い女性が多そうだが、この小説は年齢、性別問わず人気がある。その要因には歴史的背景がきちんと調べてあるとか、男心をくすぐる主人公ルカのヒーロー感、恋愛ファンタジーの枠に収まらない重厚さとかが男性の読者にも受けていると聞く。


しかしこのヴァンパイア〜が噂になる理由はそれだけではない。いわくこの本の主人公は実在するとか、いわくこの本を読むと吸血鬼になるとか、挙げ句この本の作者は吸血鬼だとか――……まあ色々言われているわけである。


そこまで書かれる理由は、この本が珍しく吸血鬼の成り立ちについてはっきり詳しく書いてあるからかもしれない。もちろん他の本でもこの手の話題に触れているものはたくさんあるだろうが、この本程分かりやすく書かれているものは少ないと言える。簡潔明快ゆえに、読者は『本当かもしれない』と思うものだ。


さて、この噂の真偽であるが、一つの点については単刀直入に言うと“真実”である。それは“作者が吸血鬼である”ということ。そしてこの『Vampire・Inspire(ヴァンパイア・インスパイア)』の著者こそが――……。






「……久しぶりだね……ここに来るのも……」


太陽が西へ傾きかけた頃、その人物はその屋敷の扉に手をかけ、ゆっくりと引いた。するとその扉はあっさりと開く。


「……はあ……『姉さん』、また鍵かけ忘れてる……」


男性の溜め息が、のどかな森の中の洋館に零れ落ちる。側にいる女性も困ったように男性を見た。まあ、普段このようなドのつく田舎に不審者どころか、人っ気の一つもありはしないのだが……。いるとしたら野生動物ぐらいだろう。猪は恐い。


「よく言っておかないとね……」


仕方ない、といった表情で屋敷の中へと足を進める二人。長身の男性の名前は『セラヤ・クローディス』、女性のほうは『シェリー・クローディス』。セラヤは控えめに言っても超絶イケメン、正しく説明すると、極めて“美しい男性”だ。肌は白く傷がない。流れるような艶のある黒髪を襟元で遊ばせ、真っ直ぐに見つめる瞳の色は澄んだ夜の闇の色。背も高く、スタイルも完璧、文句の付けようのない青年と言える。側にいるシェリーは、神秘的な美しさを持っている。黒髪、黒瞳はセラヤと似ていて、長い漆黒の髪をまとめ、ゴシック調と呼ぶのだろうか、濃い色のドレスを身にまとっていた。


そんな二人が堂々と棠月邸へ侵入している。屋敷へ入ると、セラヤは慣れた様子で一つの部屋の扉を開けた……。そこではルキアが心地良さそうに眠っている。セラヤはベッドに近寄り、腰を下ろした。


「『姉さん』……寝てるところ申し訳ないんだけど、ちょっと話したいんだ……」


「……ん……セラヤくん……?」


寝ぼけ眼でシーツから顔を出してセラヤを見る。散らばる金髪がオレンジの陽の光を反射して眩しい。まだぼーっとしているルキアにセラヤは口元を緩めながら、金色の髪を梳き、耳に口を寄せる。


「姉さんの好きなルーヴルのモンブラン買ってきたよ……」


「ルーヴルのモンブラン!!」


その瞬間ガバリ!とベッドから飛び起きたルキアに、セラヤはくすり、と笑みを零したのだった……。





「それで話って何〜?セラヤくん〜」


好物のモンブランを堪能したルキアがセラヤに話を振る。セラヤは飲みかけの紅茶を置いて、うん、と頷いた。


「今回僕が日本に来たこととも関係あるんだけど、幾つか報告しとかないといけないこともあってね……」


「うんうん〜」


ルキアが首を傾げると柔らかな金髪がさらりと揺れる。セラヤは何から話そう、というふうに手を顎に寄せた。


「まず僕が日本に来たのは、ルキアに会いたかったというのもあるんだけど、仕事でこっちでロケすることになったんだ……」


「へえ〜!次はどんな作品〜?」


ルキアの碧い瞳が煌めいた。


「まだ姉さんの耳には入ってないかな、姉さんの作品だよ。『ヴァンパイア・インスパイア』」


「えっ!ハリウッドで映画化するの〜?」


「うん、マイケルがやりたい、って」


「へええ〜!楽しみだね〜!!」


満面の笑みで笑う彼女は美しい。側にいるシェリーにも笑顔を向ける。


「シェリーちゃんもホント久しぶりだよね〜!シェリーちゃんも映画出るの〜?」


「こちらこそご無沙汰しています、『ルキア様』。まだキャストは分かりませんが、何かの役で出るとは思います」


「そっか〜」


楽しそうに話すルキアに頷きながら、セラヤは話を戻す。


「それで撮影はまだ先だけど、しばらくこっちにいると思う。またここにも寄らせてもらうね」


「いいよ〜いつでも来て〜!」


彼女の笑顔にセラヤも微笑みながら紅茶を手に取る。一口飲んで置き、さてここからが本題だ、というように話し始めた。


「ここからは嫌な話になるんだけど……最近世界各地で行方不明者や、路上で何者かに襲われて亡くなるという事件が増えてる。人間の警察でも捜査が進められているけど、僕たちの同胞(はらから)が絡んでるとみられていて、こちらにも情報が回ってきた……」


「ふんふん」


ルキアも笑顔から真面目な表情になっている。


「僕も写真を見せてもらったけど、現場の状況、被害者の状態から見て、恐らく“哀れな獣”の仕業だろうね……」


「……そっか……」


ルキアの表情が愁いを含んだ。セラヤはカップに瞳を落としながら続ける。


「しかし、急に彼らの被害が増えるのはおかしい。彼らを生み出し、影で操る黒幕がいると見るのが正解だろう。協会も長たちもその線で動いているよ……」


「分かった……」


ルキアは静かに頷いた。セラヤは姉の顔を見つつ話を続ける。


「姉さんの耳にも入れとこうと思って。姉さんとこ、テレビも電話もないもんね」


「そうなんだよね〜」


セラヤの苦笑に、ルキアは、『いい加減スマホか固定電話持ってくださいよ!!』という怒りの形相の担当編集者の言葉を思い出した。でも残念、ここはまだスマホの電波が届かないのだ。希林が習慣的にスマホを取り出して、ネット接続できないのを確認して時々愕然とした表情をしているのを見かける。


「まあ、いざとなったら“分身”や使いを飛ばせるし、そんなに不便はないけどね」


セラヤがまた紅茶を一口飲む。


「だから、これから姉さんの周りも少しうるさくなるかもしれない。本部長も、また姉さんに顔出して欲しいって言ってたし」


「そうだね〜分かったよ〜」


ルキアが了承を伝える。それに微笑み、セラヤは残りの紅茶を飲み干した。


「じゃあ僕たちはそろそろ帰るよ」


「泊まっていかないの〜?」


帰る支度をしようとするセラヤにルキアが碧い瞳を向ける。セラヤは優しく笑んで、ルキアの髪と頰をそっと撫でた。


「ホテルも取ってあるし、今日はもう戻るよ……その前に『リュウ』にも会っておきたいしね」


「そっか〜分かったよ〜。サカタキくんにもよろしくね〜」


「うん」


ゆっくりと彼女の体から手を離したセラヤは、ふとカレンダーに目を留める。そこには今日の日付けの所に赤マルがしてあった……。そこを示しつつ尋ねる。


「これ、姉さんも何か用事があったんじゃないの?大丈夫?」


「え〜?ああこれ〜?これは希林くんが来る日だよ〜」


「『キリンくん』?」


「わたしの小説の担当さんだよ!」


「ああ……」


セラヤは合点しながらも彼女に聞く。


「彼はもう来たの?それともこれから?」


「“三日後”だからまだだよ〜」


「……え……」


「今日水曜日でしょ〜?」


「……姉さん、今日は木曜日だよ……」


「……え……」


「もしかして机で寝てた?一日飛ばしちゃったんじゃないかな……」


「あっ……!!」


ルキアが声を上げた瞬間、玄関のベルが鳴り響いた――……。



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