第二話
「……ふ……?……」
奇妙な声を上げて目を覚ましたルキア。原稿を仕上げて、そのまま机で眠ってしまったらしい。数日間身なりを構わなかったせいで、普段は艶のある金髪もボサボサだ。しかしそんなことは気にせず、ぼうっとした表情で窓の外を見る。大きな窓から薄っすら欠けた満月に近い月が見えた。壁に掛けてあるカレンダーも見る。そして自身の担当編集者である希林の言葉をぼんやり思い出す。
『今回もお疲れ様でした、棠月先生。ゆっくり休んでくださいね』
『うん〜ありがとう希林くん〜』
『希林です……ちゃんとベッドで寝てくださいね。机で寝たらダメですよ』
『ん〜ふわぁ……ありがと〜希林くんもお疲れさま〜』
『だから希林です!……はあ……また三日後に来ますので、それまでよく頭休めといてください……では』
『りょうかい〜』
『僕はまだこれから車で三時間ドライブですがね……』という目の下にくっきりとクマを飼った担当編集者の呪詛のような呟きは、もうすでに机の上で意識の落ちたルキアには届いていなかっただろうが。
「まだ夜だから三日あるね〜。ゆっくり寝よう〜」
ズルズルと机から剥がれて、同じ部屋にある休息用のデイベットに横たわる。希林が用意してくれたであろう毛布にくるまると、途切れていた睡魔が再びやって来る。
「……おやすみ〜……」
その寝顔は月明かりに照らされてハッとする程美しい。しかし彼女は気づいていない。今は原稿が終わったその日の夜ではない、次の日の晩であることに……。つまり丸一日彼女は机で寝ていたのだ。彼女がその勘違いに気づいて希林にまた怒られるまであと二日ーー……。