橙の空
三題噺もどき―さんびゃくじゅうろく。
※色々注意かもなので、念の為R-15です※
玄関の鍵を開け、扉を外へと押し開く。
太陽にぐつぐつと煮られた風が、一気に中へと入り込んでくる。
思わず扉を閉じたくなるが、それを堪える。
「……」
しかし、夏というのはこんなに暑かっただろうか。
あまり外出をしない身なので、今まで以上に熱を感じてしまっている気がしなくもない。
まだ、玄関から足すら出ていないが、ジワリと汗をかく。
「……」
日はすでに傾き、空は橙に染まっている。
夏の時期で、すでにその色に染まりつつあるということは、まぁ。時刻は少々遅めだ。
「……」
「……」
「……」
うーん。
まだ、私には、早かったのかなぁ……。
足がどうにも動きそうにない。
扉を押し開いたままの変な姿勢で、目に飛び込んできた、橙色の空を見て。
身体が氷のように、冷えて、固まって。
……そろそろ、というかいい加減、大丈夫だと思ったんだけど。
ダメだったみたいだ。
「……」
目をそらすことも出来ないままに、橙色の空を見る。
―あの子が、マーマレード見たいで好きだと言っていたこの空。
―あの子が、ふわりと飛んで行ったあの空。
「……」
あの日から。
何度思いだして。
何度後悔して。
何度懺悔して。
―それでも、もう全てが遅いと。
―絶望に暮れて安堵して。
「……」
何も知らないままの、無知な子供の頃に戻りたいとさえ、思ったこともある。
そういう事もあるらしいじゃないか。あまり詳しくは知らないが、ショックで何かしらの影響を、脳に受けるとか精神的に受けるとか。
何も知らない、無知のままで居れば、こんなになることもなかったのかもしれないし。
「……」
でも、それは、やっぱり、許されることでもないし。
そもそも、私は許しを請える立場でもない。
涙を流すことも許されていない。
何もせず、ただ絶望することしか、許されていない。
いや、それすら許されていないのかもしれない。
私ができることなんて、何もない。
なにも許されていない。
生きている事さえ。
「……」
「……」
数年ほど前の事。
まだ、何も知らなかったくせに知ったようなふりをしていた幼い頃。
今と何も変わらないあの頃。
「……」
学生だった私には、恋人がいた。
恋人というか、親友というか……もうそんなことを言う資格はないが。
共に在った人が居た。
それからもずっと、共に在るのだと思っていた人が居た。
「……」
けれど、どうやら。
私とあの子の関係は受け入れられるものじゃなくて。
なんやかんやとまぁ……いろいろと合ったのだ。
それでも私は、あの子と共に在ろうと思った。
あの子が望む思いに応えたいと思った。
―あの日も、共に、と思っていた。
「……」
学生生活最後の、体育祭があったあの日。
その日に少し事件があった。詳細は忘れた。覚えておく価値もない。
―その時に、あの子に限界が来た。
「……」
体育祭の日の夕方。
今みたいに、日が沈み、橙に染まる空の下で。
いっしょに行きたいと、あの子に言われたから。
2人で並んで。
屋上のフェンスの前に立って。
夕日を眺めて。
空を眺めて。
風が強くて、煽られる彼女の紙がきれいだなぁだなんて思って。
「……」
すこしだけ、そんな風に話をして。
また一緒に。
ずっと一緒に。
手を繋いで。
ほどけないように。
軽い口づけなんかもしちゃって。
「……」
にこりと笑う彼女の顔が。
暗くてよく見えなくて。
「……」
嫌な予感が全身を走って。
彼女の名前を呼ぼうとしたら。
「……」
繋いでいた手のひらから、熱が逃げて。
ぐらりと揺れる彼女を、ただ茫然と見ることしかできなくて。
手を伸ばすこともかなわなくて。
「……」
橙色の空に、ふわりと飛んで行ってしまって。
「……」
後を追えばよかったとか。手を伸ばせばよかったとか。話をもっとすればよかったとか。止めてあげればよかったとか。どうして手を離したんだろうとか。
―もう何もかもが遅いのに、後悔ばかりして。
「……」
夕日を見るたびに、落ちていくあの子を思い出して。
吐き気がして、死にたくなって。
―でもできなくて。
「……」
落ちていく間際に。
風の隙間を縫うように。
あの子の呟いた呪いが、ずっと鼓膜に張り付いて。
―生きて。
お題:無知・涙・体育祭の日の夕方