48:氷の皇国
リスト国が皇妃の身柄引き渡しを願う理由。それをクラウスはこう話した。
「恐らく、ナスターシャにさえスパイ行為をさせようとしていた皇妃です。自身もアイス皇国で諜報活動をしていた可能性も考えられますよね。つまり皇妃が持つ情報を、リスト国が手に入れたいと思っているのかもしれません。そして皇妃は、リスト国が自分を見捨てることがないよう、何か手を既に打っていたことも考えられます。それはもしもに備えたものだと思いますが」
そこまではさすがに想定できなかった。
何せ私はスパイではないのだから。
ゆえに皇妃がどんな情報を掴み、隠しているのか、それは分からなかった。
ただ戦争など誰も望むことではない。
最終的な落としどころは……。
身柄を引き渡すが、皇妃は必ず幽閉すること。焼印も引き回しなどもない代わりに……話ができない状態、羽ペンを持てない状態でリスト国へ戻されることになった。相応な金銭は当然支払われ、こうして皇妃は身一つで供を一人も連れず、リスト国へ戻された。
皇妃が残した子供達――キリル殿下、ガヴリール第三皇子、ヴィヴェカ、シルビアの二人の皇女については、罪に問われることはなかった。すべては皇妃が単独で部下を使い、金を駆使して行ったことと認定されたのだ。
特に二人の皇女はまだ年齢が一桁。母親が十五名もの人間を害したと知ると、とてもショックを受けていた。彼女達の心のケアをする専門家が雇われることになった。
日和見主義だったガヴリール第三皇子は、相変わらずのらりくらりだが、皇妃については二度と話すことはない。彼の中では皇妃の存在は、ないものになっている。
キリル殿下は、皇妃と絶縁を宣言したぐらいなので、断頭台送りを一番強く主張していた。主張していたもう一人は……言うまでもない。ライト第四皇子だ。彼は一生皇妃を忘れず、ずっと恨み続ける勢いだった。彼についても、二人の皇女と同じ専門家がつき、カウンセリングが行われることが決まっている。
一方のクラウスは、とても冷静に対処している。一番避けるべきは戦争であるが、機密情報をリスト国へ渡すつもりはない。そうならない処置を、キリル殿下と皇帝陛下と共に考えた。
さらに皇宮の息のかかっていた人物の取り調べ、私物の調査などは今も続いている。ライト第四皇子の母親の馬車が沈んだ沼の捜索は行われているが、何せ底なしに近い沼。この世界の技術で発見するのは……難しそうだった。
ただ、皇妃により亡くなった人々の慰霊祭が、改めて行われた。雪の降る神殿の広場には、キャンドルが灯され、鎮魂の祷りが捧げられる。私も亡くなった十五人、特にクラウスにふりかかる危険を教えてくれたナスターシャ姫には、鎮魂に加え、御礼の気持ちを伝えた。
こうしてあの舞踏会の日から一カ月が経ち、皇妃の一件は終結となった。
そして本格的に雪が降るようになったアイス皇国は――氷の皇国へと変貌しつつある。
◇
頬に優しく触れる気配で、ゆっくり目が覚めた。
「セシル嬢、おはようございます」
目に飛び込んできたのは、クラウスの美貌の顔。
アイスシルバーのサラサラの前髪の下の浅紫色の瞳が、この上なく輝き、私に向けられている。もうその事実に心臓が大きく反応し、がばっと起き上がった。
「く、クラウス様、おはようございます!」
いつもはクラウスが来る前に目覚めているのに。
ぐっすり寝込んでいたようで、起こされるまで、全く彼の気配に気づけなかった。
するとクラウスは手を伸ばし、私の頬に先程と同じように触れ、優美に微笑む。
「昨晩遅くから雪が降り始めました。雪はついさっきまで降っていたので、辺り一面に積もっています。降り積もった雪は音を消してしまう。雪が降り積もった朝は、とても静かなんですよ。そのせいか、眠りも深くなるように思えます。セシル嬢もそれでぐっすり眠っていたのかもしれないですね」
「なるほど……。でも確かにいつもよりぐっすり眠っていた気がします。……あ、えっと……、クラウス様、今は……」
丁度、クラウスが私の方に腕を伸ばしているので、時刻が確認できない。でもこれだけぐっすり眠ったのなら……。いつも起きる時間より、遅い時間に思えた。
「……!」
もう心臓が止まるかと思った!
だって、いつもベッドのそばに置かれた椅子に座っているクラウスが、ベッドに腰かけたのだから。
今日のクラウスは外の雪に同化してしまいそうな、見事なまでの白のコーディネート。
白って、こんなに色があるのね……。
思わずじっくり見てしまう。
白シャツにホワイトピンクのタイとベスト、少し光沢のあるパールホワイトの上衣にズボン。まるで雪の皇子様だわ。とっても素敵。
見惚れる私を見るクラウスの瞳と目が合った。
限りなく甘く輝いている。
心臓が素直な反応を示す。
「ひゃっ」
クラウスが両腕を伸ばし、私を抱きしめようとしている!?
でもそれは勘違いで、クラウスは白いネグリジェを着ている私の肩に、淡いアイリス色のウールのショールをかけてくれただけだった。それなのに思わず小さくではあるが、悲鳴を上げてしまい、恥ずかしくなる。
「セシル嬢。今日は日曜日です。日曜日はいつも朝食を自由な時間でとっていますよね」
「! そうでした!」
「今日は公務もありません。そして朝食をとる場所も自由なんですよ」
そう言うとクラウスは「マリ、エラ、用意を」と私の専属メイド二人に声をかける。
「「かしこまりました、クラウス様!」」
二人は元気よく返事をする。
「今日はアーリーモーニングティーもお休みです。いきなりですが朝食をこの部屋でいただきましょう。身支度はその後です」
つまりもう「いただきます!」をしていいのね!
アイス皇国に来てからは、毎朝皇宮で朝食なので、身支度はバッチリする必要があった。そうなると朝食を口にできるのは、起きてから約2時間後。私は朝食をしっかり食べる派で、目覚めと同時に「お腹すいたよ~」と胃袋が反応しているタイプだから……。
身支度2時間をすっ飛ばして、しかもクラウスと二人きりで朝食をとれるなんて最高!
クラウスは「さあ、セシル嬢」と手を差し出してくれる。
私はご機嫌でクラウスの手に自分の手をのせ、朝食が用意されている隣室へと向かった。





























































