47:青くなったり赤くなったり
キリル殿下。
彼こそ、私にキスをしようとした、女性好きの皇太子だった。銀髪に銀色の瞳の、まさに銀狼のような、美しい獣のような男。一応、あれ以降、私に変なことをすることはない。でも未婚の男女の不用意な接触は禁止を無視し――。
クラウスから私を引き離し、手を取ると、実にそつなく手の甲へキスを落とす。
キリル殿下の一連の動作にクラウスは、一瞬眉をしかめた。でも自身が私を抱き寄せていたことを思い出し、キリル殿下がさりげない動作で私を引き離したのだと気づいた。
皇太子であるキリル殿下が、未婚の男女の不用意な接触は禁止を破っていても、皆、見て見ぬフリ。だが、彼以外は何を言われるか分からない。それに現時点ではまだ、皇妃の件は伝えられていない。ゆえにクラウスが私を抱き寄せたことを、騒ぎ立てる人物がいるかもしれない。
よって自身から私を引き離したキリル殿下の行動について、クラウスが何か言うことはなかった。
「二人とも今日はありがとう。最初は本当にうまくいのかと思っていたが……。セシル、君は女優になれるよ。名演技……だったのかな? 特にエドワード殿下について語る時は、実に熱がこもっていたように感じるが……」
キリル殿下! なぜそれを今、仰るのですか!
その件は、ようやく鎮火したところだったのに~!
「それは当然ですよ。セシル嬢は私が公認するファンですから」
エドワード様!!
「エドワード殿下、公認するファン、とは?」
キリル殿下が不思議そうに尋ねる。
「セシル嬢はこの通り、大変魅力的な女性です」
いきなりのエドワード様の言葉に、クラウスと私は、顔が青ざめる。
クラウスは……エドワード様が私を褒めたことに、青ざめていた。
私は……エドワード様がクラウスの前で堂々と私を褒めたことに、青ざめている。
何より、なんとか嫉妬の炎を治めてくれたクラウスの心に、キリル殿下といい、エドワード様までもが、燃料投下することに、私は気が気ではない。
「それは認めるよ。……うん、口止めできなかったのが残念だ」
も~、キリル殿下!
「口止め?」
エドワード様が純粋な疑問で首を傾げる。
私は青ざめた顔が、今度は赤くなっていくのを感じていた。
「いや、なんでもないですよ、エドワード殿下。話を続けてください」
キリル殿下に促されたエドワード様は、私とお茶会をした時のことを彼に話して聞かせた。
「つまり自分の国の王太子様から好意を示され、それをバッサリ切り捨てたのですか!?」
そう言うとキリル殿下が、新種の生き物を見つけたという目で私を見ている。私はそれに対して笑っていいのか、どうしたらいいのか、中途半端な顔になっていた。一方のクラウスは「バッサリ切り捨てた」と分かり、安堵の表情になっている
「ええ、友として私の幸せを応援してくれる……とはなったのですが、恋愛の対象にはならないようです。その後、セシル嬢と話す中で、彼女は自身のことを私の公認ファンであると表明されたのですよ。つまりは支持者であり、応援者。私の幸せを見守ってくれると」
そんな話を確かにしたことを思い出す。
一方のキリル殿下は「それは実に面白い」とニヤニヤ笑いながら私を見ている。
「やがてクラウス殿下と婚約が決まってからは……。もうセシル嬢の頭の中は、クラウス殿下のことしかないですよ。私の公認ファンと言いつつ、もう熱量がこれまでとは違う。間違いなく、セシル嬢はクラウス殿下に夢中です。もうそこに割り込む余地はないと断言できます」
エドワード様の言葉に、全身が熱くなり、大変!
チラリと横を見ると、クラウスは自身の右手で顔を隠すようにしているが……。透明感のある美しい肌が、ほんのり赤く染まっていた。その姿はもうとんでもなく妖艶! 既に熱い体がさらに火照ってしまう。
「まあ、落とせぬものを落とす。これもまた一興ですから」
なんだかキリル殿下が不穏な言葉を囁いたが、クラウスも私も赤面状態で、それどころではなかった。
◇
舞踏会の翌日。
皇妃の投獄が発表された。
そう、投獄。
もう楔の塔への幽閉はなく、いきなりの投獄だった。
さらに皇帝陛下の権限により、即刻裁判が進められた結果――。
皇妃は一度、断頭台送りが決定した。
そこに待ったをかけたのは……リスト国。つまり皇妃の母国だ。
皇妃の身柄の引き渡しを、リスト国が求めた。
これにはアイス皇国とウッド王国が大反対する。
何せあの後、皇妃が白状したところによると、側妃、皇女に加え、あと3名ほどの女性の命を奪ったことも明らかになったからだ。ここに巻き込まれ死亡した者――つまりは馬車の御者や同乗していたメイドを加えると、十五名を皇妃は害していたことになる。
それが罪を確定させず、身柄の引き渡し……。
アイス皇国とウッド大国を納得させるため、リスト国は身柄引き渡しの際、相応の金銭と皇妃へいくつかの罰を与えることを認めた。背中に殺人罪(murder)を示す「M」の焼印をいれること、焼印を見せた状態での市中引き回しなどだ。
もしこれらが受け入れられない場合は、戦争も辞さない――となった。
なぜリスト国はこうも皇妃の身柄の引き渡しを求めるのか……?





























































