45:彼の悲しみは私の悲しみ
「通常、皇族や上流貴族は楔の塔に幽閉され、牢獄につながられるのは、裁判の後です。宮殿の地下牢とはいえ、そこは牢屋。いきなりそこに連行というのは……。父君はあまり言葉にしていませんが、よほど頭に来ていたのだと思います」
クラウスはそう言うと、バルコニーにいる私に、ラズベリーソーダの入ったグラスを渡してくれた。
舞踏会の前に、皇妃が召し捕らえられる事態になった。でもそれは想定済みだったので、舞踏会は皇妃抜きでスタートしていた。皇妃は体調不良で欠席ということになっており、来場者もその説明に異論を挟むことはない。
クラウスと私の婚約発表も滞りなく行われ、多くの貴族や隣国の王族・皇族から、祝福してもらうことができた。
ちゃんとダンスも披露し、すべきことを終えている。そこでゆっくり落ち着けるよう、クラウスは舞踏会が行われているホールの二階のバルコニーに、連れて来てくれた。二階への立ち入りは、王族と皇族のみとしてくれたので、ようやく落ち着くことが出来た形だ。
「クラウス様、結果としてこの流れで本当によかったのでしょうか? 舞踏会の翌日に皇妃を呼び出し、追及することもできたと思うのですが」
私の問いにクラウスは、自身のドリンクを一口飲むと、上品に首を振った。
「この流れで良かったと思います。この舞踏会を挟むことで、皆、クールダウンできました。……皇妃が手を染めた悪事。それは想定していたものではあったのですが……。でも相手は皇妃です。まさかそこまではしていない――そういう気持ちがあったと思います。ゆえに本人の口から残酷な真実が語られた時……」
そこでクラウスの顔が苦痛で歪む。
美貌の顔が苦しむ姿を見るのは、胸が痛む。
たまらずその頬に手で触れると、クラウスは私の手をぎゅっと握りしめ、そして手の平に口づけをした。
! 今度は手の甲ではなく、手の平!
ではなく。
そんなことでドキドキしている場合ではない。
「あの場で当事者ではないセシル嬢でさえ、感情が強く揺さぶられたと思います。キリル、ライト、そしてわたし。さらに父君も――。胸が張り裂けそうでした。あの気持ちの昂りは、この舞踏会ぐらいのイベントがないと、静めることはできなかったと思います」
クラウスはバルコニーからホールを見下ろす。
このバルコニーは外ではなく、ホールを見渡せるにように設置されていた。
「あのライトでさえ、今は落ち着いて招待客と話をしているぐらいですから」
クラウスの視線の先を追うと、そこには夫妻で来場した招待客と話す、ライトの姿が見えた。
あの場で既に両手首を折られ、無抵抗になった皇妃に、それでも殴りかかろうとしていたライトだったが、そのことが嘘のように落ち着いている。
「しかしセシル嬢、皇妃が短剣で攻撃してきたことに、よく気づきましたね。私が駆け寄り、皇妃は私の背後にあり、その姿は見えなかったはずなのに。皇妃は声をあげましたが、セシル嬢はそれとほぼ同時に私の名を呼び、庇ってくださいましたよね」
クラウスのこの疑問に私は、あの声のことを話すことになった。
そう、あのナスターシャ姫の声が聞こえたことを。
それを聞いたクラウスはあの日と同じ。
浅紫色の瞳から美しい涙をこぼした。
「妹が……ナスターシャが助けてくれたのですね」
声を震わせているクラウスを見ていたら、私まで涙が出て来てしまう。
こんな時、抱き合うことができたら、どんなにいいだろうか……。
そう思いながら私はハンカチを取り出し、クラウスの透明感のある肌を滑り落ちる涙を拭う。
「ありがとうございます。セシル嬢。私の悲しみに共感し、あなたも泣いてくださるなんて……」
そう言うとクラウスは、その細く長い指で、私の涙を拭ってくれる。
ハンカチで拭くとお化粧が落ちてしまうことを、彼はちゃんと分かってくれていた。
しばらくしてお互いに涙が収まると、クラウスはこんなことを口にした。





























































