43:お兄様を守って
黒のテールコートを着たピーター子爵は、手にアケビの木の鉢を持ち、その隣には真紅のサテン生地のドレスを着たナンシー男爵夫人。その夫人の隣には、沈痛な面持ちでオルガメイド長がいる。
その三人から一歩前に出たエドワード様が、苦しそうな表情で口を開く。
「皇妃エリザベータ様、あなたはナスターシャ姫を、自分の子供達を何だと思っているのですか? あなたに、人としての心はないのですか!?」
エドワード様は声を震わせ、吐き捨てるように声をあげた。
鮮やかなコバルトブルーのテールコートをまとったエドワード様は美しく、とても悲壮だった。
「母君がどれだけ毒で苦しんだ上に命を落としたのか。ナスターシャは事故で内臓が破裂した状態でしばらく生きていたと聞きました。それを思うとあなたのことを、この場で八つ裂きにしたくなります」
エドワード様の横に立つクラウスは、アイスシルバーのテールコートを着ており、その姿は天使のように神々しい。でもその天使は今、激しい怒りと悲しみで、死の天使に豹変してしまいそうだった。
クラウス、お願い、こらえて……!
私の願いと彼自身の理性が、その激怒を制御した。
「気持ちとしては、この場であなたを私刑に処したい。でも私は皇族の一人としての誇りを失う訳にはいきません。この国の法に乗っ取り、あなたを裁いてもらおうと思います」
クラウスの言葉に、ずっと黙り込んでいた皇妃が口を開いた。
「あの女のガキのくせに、何が皇族の一人よ! 偉そうな口をきいているんじゃないわ。ここにいるような中途半端な子供なんて、簡単に潰せる。わたくしが皇宮の支配者なのだから!」
「それは違う、エリザベータ」
「こ、皇帝陛下……」
まさかこの場に皇帝陛下がいるとは思わなかったのだろう。
皇妃は絶句し、その体から力が抜けたように思えた。
「この国の皇妃が、二人の側妃と一人の皇女、他の者も手に掛けていたとは」
ゆっくりと、堂々とした足取りで、シアドア皇帝陛下が金屏風の後ろから出てくる。皇帝陛下には、皇妃が悪あがきをした時に備え、最上級の切り札として、待機してもらっていた。登場するタイミングは、皇帝陛下にまかせている。そしてそれはまさに、最高のタイミングだったと思う。
「へ、陛下、違います、これは」
「もうよい。皇帝の権限で、物的証拠がないとしても、貴様を裁く」
そこで皇帝が自身の近衛騎士たちを呼んだその時。
突然立ち上がった皇妃は、閉じた扇を短剣のように握りしめ、私に振り下ろそうしていた。
そうか、あれは鉄扇。
閉じたその先端は鋭い。
でもこういった時に備え、手袋――ガントレットをつけてきた。
突きは受け流す――そうトニーに習ったことを思い出し、私は手を構えたが……。
それはもうまさに電光石火。
ボキッという不穏な音と共に絶叫が響き渡った。
皇妃の左手から鉄扇が床へと落ち、本人は上半身をテーブルに突っ伏し、両膝を床についていた。そして変な向きに倒れる左腕を掴み上げているのはクラウス!
ボニーが短剣で突進してきた時、クラウスは自分なら腕の一本を折ることになると言っていた。今回はまさにその通りになった。皇妃の左手首が折れている。
クラウスは皇妃から手を離すと、私に駆け寄った。
私は立ち上がり、クラウスに抱きつこうとして――。
声が聞こえた気がした。
――お兄様を守って。
「死ね!」
「クラウス!」
会ったことはない。
でも肖像画は見せてもらっていた。
とても美しく可憐な女性だった。
クラウスと同じアイスシルバーのサラサラの長い髪。
彼と同じ浅紫色の瞳。
ナスターシャ姫。
あの声は間違いない。
ナスターシャ姫の声だった。
「いやああああああ」





























































