42:最期まで諦めずに
皇妃は嬉々として話を続ける。
「でも次は大成功よ。……まったく皇太子という立場なのに。男爵家のいも娘なんかを好きになって。あの子は皇太子教育も完璧にこなし、見た目も素晴らしく育ったのに。女を見る目だけがなかったのよね。いも娘と婚約すると言って聞かないから……。でもその時は成功よ。イイ感じで脱輪してジ・エンド」
キリル殿下の想い人は……事故ではなく、人為的に起こされた脱輪で害されていた……。
「では皇妃エリザベータ様は、脱輪を偽装した事故は、お手の物なんですね。毒を盛ったりすれば疑われますが、馬車の事故であれば、皆様信じてしまいますもの」
「ええ、そう。毒はもう懲り懲りだわ」
「それはどういうことですの、皇妃エリザベータ様?」
皇妃は大きくため息をつき、宙を眺める。
「クラウスの母親よ。あれを消すために、流行り病にかかっていたあの女のところへ見舞いだと称して尋ね、薬だからと毒を盛ろうとしたけど……。なかなか飲まない。飲ませるのも一苦労だったわ。それでもしぶとく生きて。執念なのかしらね?」
握りしめた拳が震え、頭の中がジンジンする。
「クラウスが騎士の訓練で上っていた山から下山し、こちらへ向かっていると聞いたのよ、あの女は。息子に会いたくて、最後まで死ぬまいとあいがいていた。でも結局クラウスは間に合わず、あの女は死んでくれましたけどね。でも最後に見舞ったのがわたくしだったから、散々疑われて。クラウスもしつこくて。もう毒は二度と使うまいと思ったわ」
「なるほど。毒は……ダメですね」
「階段から突き落とすのもね、あれ、首の骨が折れないと生きていますから」
眩暈がした。
把握している人達以外でも、害した人間がいるということなの?
「皇妃エリザベータ様」
「何かしら?」
「皇妃エリザベータ様にとって、命とは何なのですか? 出産経験があるのですよね? 命の尊さを、知っているのではないのですか?」
皇妃の顔色が瞬時に変わる。
「セシル様、何ですの、今さらそんなことを」
「全て聞きました。そこにいるメイドも聞いていました。皇妃エリザベータ様、あなたの悪事は全て私が聞きましたわ。動かぬ証拠です!」
すると皇妃はケラケラと笑いだした。
終いには、お腹を抱えて笑い出している。
「な、何がおかしいのですか!?」
「だって! 聞いたからなんだって言うの? あなたとそこのメイドがいくら騒いだところで、何も変わらないわよ。誰も信じない。わたくしはね、黒を白と言わせることができる存在なの、この皇宮で!」
そこで皇妃は真面目な顔になる。
「セシル様。あたなはなかなか賢い子だわ。わたくしの子飼いになりなさい。悪いようにしないわ。あなた、クラウスのことも愛していないのでしょう? 第二皇子の妃になりたかっただけでしょう。ちゃんと素敵な浮気相手も見繕ってあげるから、ね」
「そんな必要はありません! それに、あなたの話を聞いていたのは、私だけではありませんから!」
これが合図。
私とメイドの証言ぐらいで、皇妃を追い込めることはできない――これは想定済。
だから証人になってくれる人を集めた。
肖像画を描いてもらうため、宮廷画家のイワンの元に通い、そこでバッタリ会ったキリル殿下に頼んだ。最愛の相手の死は、事故ではない可能性がある。それを暴くつもりだから、どうかここへ来て欲しいと。
私に水をかけた、日和見主義のガヴリール第三皇子には、皇宮の勢力図が塗り替わる。私を信じ、どうかここへ足を運んで欲しいと説得した。
私に好意的だったライト第四皇子には、母親殺しの犯人を追い詰めるから、ここへ来てと声をかけたのだ。
すべての計画を打ち明けたエドワード様も、アケビを用意し、協力してくれた。クラウスは勿論、私を全面的に支援し、助けてくれている。
おじいちゃん植物学者のピーター子爵は、皇宮の温室を調べ、皇妃が指示して育てさせたアケビの木を発見してくれた。ナンシー男爵夫人には、馬車の事故について、警察庁で調べてもらったのだ。
オルガメイド長は、当時の記憶を語ってくれた。クラウスの母親宛の荷物は、すべて皇妃の息のかかった従者に検分されていたこと。ウッド王国に嫁いだナスターシャ姫からの手紙は、多くが握りつぶされ、贈り物は一つも母親の手元に届くことがなかったこと。オルガはすべて、教えてくれた。
ここへ来て欲しいと私が頼んだ人、私に協力してくれた人、その全員が今、金屏風の後ろから出てきて、皇妃を遠巻きにする状態になった。
「母君、どうして……! 私は立派な皇太子になれというあなたの教えに従い、懸命に努力してきたのに! なぜ私の最愛の人を…………事故に見せかけ、手に掛けるなんて……」
舞踏会のために、シルバーのテールコートを着たキリル殿下の瞳から、次々に涙がこぼれ落ちた。
「お前、ぶっ殺してやる!」
今にも飛びかかりそうになる黒のテールコート姿のライト第四皇子のことを、紺色のテールコートを着たガヴリール第三皇子と隊服を着用したトニーが、懸命に押さえていた。





























































