41:腐っても第二皇子
椅子に座り直した皇妃に、私は大袈裟とも言える笑顔を張り付けたまま話しかける。
「……私、ずっと、ずっと、ずっと、エドワード王太子様が大好きでしたの。金髪碧眼の甘いマスク。高身長で均整のとれた体。それに……」
推し活をずっと続けていたのだ。エドワード様については、いくらでも語ることができた。滔々とエドワード様について語っていると……。
「ちょ、ちょっと!」
皇妃が動揺しながら声を挙げた。
「せ、セシル様、あなたがエドワード王太子様の……熱狂的な信奉者?であることは、よく分かりましたから、それはもういいですわ」
「分かっていただけて良かったですわ、皇妃エリザベータ様」
ニンマリと笑う私を見る皇妃の目には、若干の怯えも感じられた。
それは……そうだろう。
ごくごくフツーの公爵令嬢と思っていた私が。
いい駒として利用できると思った私が。
嬉々として突然エドワード様愛を語ったのだから。
しかも相当な時間をかけて。
皇妃は、いわゆるドン引きに近い状態。
「こんな私ですから、感謝していますの、皇妃エリザベータ様に。私、エドワード様に似合う女性は、皇妃様のようなお方だと思うのです。美しく、気高く、絶対的な存在感。そんな皇妃様のような女性こそが、エドワード様の隣に相応しいですから」
この一言に皇妃の頬が緩んでいく。
「それはつまり……」
「私は皇妃エリザベータ様の味方です。これからも皇妃様の手となり足となり、ウッド王国からありとあらゆる物を手に入れて見せますわ。皇妃様がお望みになるなら、なんでも」
皇妃の顔はついに笑顔に戻る。
「……もしかしてセシル様は、クラウスのことは……」
「エドワード様は尊い存在ですから。彼との結婚は無理ですわ。恐れ多くて。クラウス様は腐っても第二皇子ですから」
すると皇妃は「ふふふ」と笑い出し、その後は大爆笑となる。
「最高だわ、セシル様。あの女の息子、騙されているとも知らず、この女と結婚するのね! いい気味だわ! ……あら、失礼したわ、女呼ばわりをしてしまいしたわね」
「気にしませんわ、皇妃エリザベータ様。……それよりも、どうやって手を回したのですか? 王宮の馬車に細工するなんて、なかなかできませんわよね?」
皇妃は扇で口元を隠しながら、身を乗り出す。
私も話を聞くため、身を乗り出した。
「簡単ですわよ、セシル様。すべては お・か・ね。それに元々ナスターシャを嫁がせた時、メイドと従者の中に、わたくしの息がかかった者を紛れ込ませておきましたの。造作もないことでしてよ」
「まあ、さすが皇妃エリザベータ様ですわ。でもなぜですの? せっかくのアケビが手に入らなくなってしまったのでは?」
皇妃は扇を閉じ、背もたれに身を預け、苦々しい顔をした。
「あの生意気なナスターシャが『もうこんな風にアケビを送りたくありません。いろいろな指図を受けるのも嫌です』なんて言ってきたのです。他国に嫁ぐなんて、スパイを送り込むようなものですから。情報を母国に送らずしてなんとする、ですわ。それを拒否するなんて」
「つまり皇帝陛下の命令に、皇女ナスターシャ様は背こうとされたのですね?」
「まさか。あの男はダメよ。ウッド王国の国王には、へいこらすることしかできないの。だからわたくしが、しっかりしないといけない。わたくしの指示でナスターシャには、ウッド王国の情報を集めさせましたが……。ろくな情報がなくて、本当に使えない子だったわ」
そこで皇妃は、人の皮を被った悪魔であることを示した。
金色の瞳を細め、冷酷な言葉を口にする。
「ナスターシャは、これまでのことを全て、婚約者である王太子にも、国王にも話すと言い出したのです。もう消すしかない。そこで息のかかった者に命じ、証拠となるようなものはすべて処分させ、馬車の車輪に細工させたのよ」
「皇妃エリザベータ様、失敗することは考えなかったのですか? うまく脱輪しない可能性もあるのでは?」
「問題ございませんわ。既に何度も試していますから」
心の動揺は表に出さず。
無邪気に。純粋な顔で。不思議そうに皇妃に尋ねる。
「それはどういうことなんですの、皇妃エリザベータ様?」
「ふふ、お可愛らしい顔をなさいますわね、セシル様。まるで子供のよう。教えてあげましょう」
皇妃は手を伸ばし、自身の娘である二人の皇女を見るようにすると、私の頬を撫でた。そして話し出す。
「生意気なメイドがいたのですわ。恐れ多くも皇帝に抱かれた。しかも子供を身ごもったのです。敗戦した民族の、名ばかり姫の奴隷のくせに。子供ごと葬りたかったのだけど、既に出産した後。仕方ないので母親だけ馬車にのせて……。そこは初めてでしたから。脱輪のタイミングが悪くて。いえ、タイミングは良かったのかしら?」
皇妃は少女のように首を傾げた。
「丁度、沼にかかる橋の近くで脱輪して、そのまま沼にドボン! 沼はね、みーんな飲み込んでしまったのよ。御者も、同乗していたメイドも、馬もその母親もね!」
ライト第四皇子の行方不明になった母親は……底なし沼に沈んでいた……。





























































