40:私、嬉しくて
ウッド王国で輸入されていた東方の日持ちするお菓子は、皇妃対策のプランの一つの中で使うかもしれないと持参したもの。落雁、羊羹、干し柿などだ。
「まあ、珍しいお菓子ですわね。……舞踏会の前なのに。でも少しぐらいいただいていいわよね?」
「舞踏会で用意される軽食とは全然違うものですから。よろしければお召し上がりください」
まずはお互いに緑茶を飲み、皇妃は芋羊羹をフォークで口へ運んだ。
甘い物を口にしてリラックスした皇妃に話しかける。
「皇妃エリザベータ様、舞踏会のためにアイス皇国へいらしたエドワード様が、アケビをプレゼントしてくれました」
そう言って、テーブルに置かれた籠の白い布をとる。
そこには、淡い紫色の皮を持つ果実が沢山納められていた。
「! そう、これ、これですわ。美しい色をしているわよね」
皇妃が微笑んだ。
「ええ。これは全て皇妃エリザベータ様に差し上げますわ」
籠を皇妃の方へ動かすと、彼女は白魚のような手を伸ばした。
「ところで皇妃エリザベータ様」
伸ばしかけた手が止まる。
「こちらのアケビ、王宮の温室で栽培されたもの。そしてその温室は、エドワード王太子様が、個人所有されているものだそうです」
「え……あ、そうなんですのね」
皇妃は一旦、伸ばそうとしていた手を引っ込めた。
「王宮の温室であれば、王族であれば誰でも利用が可能です。そこで実った果実も、王族であれば、自由に手に取ることができるそうです。でもエドワード王太子様の私設温室となると……。婚約者とはいえ、皇女ナスターシャ様は、王太子様に許可がとる必要があります」
皇妃の顔から一瞬、表情がなくなった。
でもすぐに「そうなのですね」と微笑を浮かべる。
「皇女ナスターシャ様は、エドワード王太子様にこう尋ねたそうです。『このアケビという果実には優れた成分があると聞きました。病気のお母様に食べさせてあげたいのですが、アイス皇国へ送ってもいいですか?』と。王太子様は快諾したそうです」
皇妃は今の言葉で無表情になった。
「皇妃エリザベータ様は、もしや皇女ナスターシャ様が病気の母君に送られたアケビを御裾分けでいただき、召し上がったのですか?」
ニッコリ笑顔で尋ねると、皇妃はハッとして、引きつった笑いを浮かべる。
「え、ええ、そうですのよ。沢山送られてきたから、どうぞと分けてくださったの」
「そうなのですね。……でも皇女ナスターシャ様の母君は、アケビを一つも食べることなく亡くなったそうです。当時、皇女ナスターシャ様の母君に仕えていた使用人に確認したところ、アケビは一度も食べたことがないと」
笑ったまま固まった皇妃だったが、すぐに苛立ちが露わになった顔付きに変わる。
「……セシル様、何をおっしゃりたいのかしら?」
「何も。ただ事実を伝えたまでですわ」
私を睨む皇妃に向け、ニッコリ微笑む。
皇妃は警戒した顔で私を見ている。
笑顔を浮かべたまま、アケビが入った籠を皇妃の前へと移動させた。
皇妃は私の動向が気になりつつも、目の前のアケビに視線が釘付けになっている。
籠に皇妃が手を伸ばした瞬間。
「公にはされていないそうですよ」
皇妃は籠に触れそうになっていた手を止めた。
「皇女ナスターシャ様の乗った馬車の事故の詳細は。皇女ナスターシャ様は馬車の事故で亡くなった――としか発表されていないそうです」
皇妃は再び伸ばした手を引っ込めた。
そして怖い顔を私に向ける。
「馬車の事故と言えば、脱輪なのではなくて?」
「そうですね。それも勿論、事故の一つとして挙げられます。でも皇妃エリザベータ様は、アイス皇国に5歳でいらっしゃったと聞いていますわ。馬車について鮮明な記憶をお持ちなのは、アイス皇国に来てからだと思います。ですから、不思議でしたの」
「何が、かしら?」
イライラした様子の皇妃が扇を口元にあて、尋ねた。
「アイス皇国は永久凍土が多く、冬の期間が長い。路面が凍結することが多く、馬車の事故と言えば、車輪が滑りやすくなり、その結果で起きる事故――馬車のスリップや転倒、交差点の追突事故が多いと、ここ十年の警察局のデータではなっています」
その根拠となるデータを書き写した羊皮紙を、テーブルに置いた。あらかじめ空席となっている椅子に用意していたものだ。
「さらに言えば、脱輪による事故よりも、道路状態の悪さによるスリップや転倒事故、交通ルールの不明瞭さによる衝突事故、街中における混雑で引き起こされる追突事故、夜間の暗さによる衝突事故、馬の制御不能による事故の方が、圧倒的に多いことが分かっています」
追加の調査結果の写しを、テーブルに置く。
「つまり、脱輪による事故と考えるのは、珍しいのですよ、皇妃エリザベータ様」
「何が言いたいの、あなたは? 不快だわ! 無礼だわ! 誰か、誰か来て頂戴!」
「落ち着いてくださいませ、皇妃エリザベータ様。私はただ事実を伝えただけです。だって、私、嬉しくて」
不意にニヤリと笑った私は、相当不気味に映ったようだ。皇妃は息を飲み、浮かしかけた腰を椅子に戻した。















