36:郷に入っては郷に従え
前世のショッピングモールで、屋内に噴水があるのを見たことがある。しかし転生後のこの世界では、初めて見た。高い天井、目の前には巨大な噴水。白い女神の像が持つ水瓶から、水が噴き出ている。
しかも噴水の水面には、色とりどりの花が浮かべられ、なんとも幻想的。
さらに部屋は床も壁も白の大理石で、そこには巨大な壺が置かれ、沢山の生花が飾られている。
アイス皇国は、本格的な冬に向かっているのに。
この生花の数は、スゴイと思わずにはいられない。
「本格的な冬になると、噴水の水も凍り付くので、室内に噴水を作らせたのですよ、皇妃様が。一部の上流貴族の中にも、室内で噴水を持つ者もいます。ただ、この規模をお持ちなのは、皇妃様だけです」
トニーがそっと教えてくれた事実に、さらに驚愕することになる。
つまりこのホールと噴水は、皇妃の私物扱いなのね。
「セシル様はこちらへ、騎士の方は隣室で待機ください」
メイドが来て私は席へ、トニーは隣室に案内されることになった。
トニーは「頑張ってください」と拳でポーズを決めるが、敵地でぼっちになる私は少し不安。ただ一番乗りなので「遅いわよ、何様のつもり?」と言われることはない。
案内された丸テーブルは、噴水の前に配置されており、白いテーブルクロスが敷かれている。これまた色とりどりの花が飾られ、パステルカラーのお菓子が並べられていた。
椅子に腰をおろした瞬間、二人の皇女が入ってくる。
シルビアが淡いピンク色、ヴィヴェカが濃いピンク色と、濃淡が違うだけのお揃いのドレスを着ていた。手をつないだその様子は、双子のようで可愛らしい。だが私に愛想を振りまくことはなく、儀礼的な挨拶をし、そのまま案内された席へと向かう。
そうしているうちにも、それぞれの皇子の婚約者も、続々部屋に入ってきた。
キリル殿下の伴侶である皇太子妃ハンナは、黒髪に黒い瞳と、前世の私にはなじみ深い姿に見える。ウッド王国に次ぐ砂漠の大国の姫君で、エキゾチックな美人だ。
夜会でも着ることができそうな、光沢のある濃紺のドレスを着ている。政略結婚で選ばれた相手とは言え、キリル殿下と並べば、美男美女の素敵な二人に見えた。彼の女遊びを、彼女はどんな気持ちで受け止めているのだろう……?
ガヴリール第三皇子の婚約者イザベラは、アイス皇国の伯爵家の令嬢。銀髪にチャコールグレーの瞳で大人しそうに見える。ドレスはくすんだピンクの生地に、白い薔薇がプリントされた、少しレトロなデザインのもの。父親はシルク産業で財を成しており、アイス皇国では五本の指に入る商会を有していた。
第三皇子との婚約にあたっては、相当な婚約持参金を用意したらしい。日和見主義のガヴリール第三皇子に振り回されそうな令嬢に見えるが、実際は……?
ライト第四皇子の婚約者であるマリアも、アイス皇国の男爵家の令嬢。ダークシルバーの髪に紫色の瞳。フリル満点のパンジー色のドレスに、大きめのリボンを髪に飾っていた。かなりインパクトがある。ライト第四皇子と同じ13歳ということで、まだまだ若々しい。
そして彼女に関しては特筆すべき情報はなく、皇妃が適当に見繕った婚約者……という感じがしてならない。
全員が着席したところで、“氷の華”の登場だ。
ラメたっぷり、模造宝石もふんだんに飾られたゴールドのドレスは、眩しい程の輝きを放っている。その姿を見るに、皇宮は皇帝のための住まいであるが、彼女が裏ボスであることは間違いない。
そのゴールドのドレスに負けないメリハリのある体、大ぶりのネックレスにイヤリングと、もう圧倒的な存在感だ。
「皆様、今日はよく来てくださりましたわ。さあ、立っていないで座ってくださって。メイドの皆さん、はじめてくださる?」
皇妃の声にメイド達の間に緊張が走り、すべてのメイドが一斉に動き、集まった皇族の女性達のティーカップに紅茶を注いでいく。
皇妃を中心に、時計回りにシルビアとヴィヴェカの二人の皇女、皇太子妃のハンナ、私、ガヴリール第三皇子の婚約者イザベラ、ライト第四皇子の婚約者であるマリアが着席していた。
ティーカップに紅茶が満たされると「では皆さん、アイス皇国の繁栄と皆様の健康を願って」とまるで乾杯のような皇妃の言葉と共に皆、紅茶を口に運ぶ。
紅茶を一口飲むと、皆、カップをソーサーに戻す。
郷に入っては郷に従えで、私もそれに習う。
すると「では、始めてね。ヴィヴェカ」と皇妃が言うと、ヴィヴェカは……。
「はい、皇妃様。今日の皇妃様のドレスは、まるでこの部屋を照らすシャンデリアのように光り輝き、大変美しいです。私達を生んでくださったとは思えない程の素敵なスタイル。憧れます。それに……」
ヴィヴェカは自身の母親でもある皇妃を絶賛する言葉を延々と話し、もう言うことがなくなったところで終了となった。皇妃は満足そうに微笑み、「では次、シルビア、お願いね」と言う。シルビアもまた、皇妃礼賛の言葉を紡ぎだした。





























































