34:禁止されていることですし……
三つの不幸が重なった。その三つ目を自覚している人物は――。
「本当に申し訳ありませんでした、クラウス様、セシル様!」
トニーがいきなり土下座をするので、驚いてしまう。
「セシル様からは目を離すなと言われていたのに、庭園ならばホールからも見えるしと、気を抜いてしまいましました……! すべてはこのトニーの不徳が致すところ。悔やんでも悔やみきれません」
「トニー、君だけに責任を押し付けるつもりはない。三人ともそれぞれ何が悪かったのかと反省している。お互いに許し合おう。本当はウッド王国の王宮のように、安心安全で平和ならいいのに。この皇宮はトラップだらけだから……。それよりももう、昼食の時間。みんな、お昼を食べよう」
クラウスが明るく言うと、ようやくトニーが立ち上がり、そばにいるジョセフが「クラウス様の優しさに甘えるな、トニー。精進するんだぞ!」と叱咤激励している。
優しく私の手をとり、立ち上がらせてくれたクラウスは、私の頬にその細い指で触れた。
ドキッとしてその瞳を見上げると「……キリル殿下の前ではちゃんと自制したのですが」と言うと、あの私の胸をたまらなくときめかせる表情を浮かべる。
流し目とも違う、少し伏し目がちな瞳。
その瞳の上で揺れるサラサラの前髪。
さらに今回は頬がポッと桜色に染まるという演出(!?)まで加えられ、それはファン(!?)垂涎もの。
「セシル嬢はわたしの婚約者です。わたしでさえ自制しているのに。あんな風にキリル殿下に触れられるのを見ては……」
切なそうにその浅紫色の瞳を震わせる様と言ったら……もう、たまらない!
「でも禁止されていることですし……」
ガヴリールの時のように、水をかけられていたら、もう想いのままにクラウスは動いていただろう。でもキリル殿下の行動は未遂で終わった。さらに今のクラウスはとても冷静。私を想う気持ちがあっても、理性で制御していた。
どこまでも真面目なクラウスがたまらなくなり、その上衣の裾を掴み、彼の胸に自分の額をつけるようにもたれかかる。ふわっと広がるクラウスの、マグノリアの香り。
「セシル嬢……」
我慢の限界のクラウスが、ふわりと私を抱きしめる。あんなことがあったのですから。それに婚約しているのだから。どうかお許しください!と祈り。
ほんの数秒、クラウスとぎゅっと抱き合った後、ダイニングルームへ向かった。
◇
この日の午後は、結婚指輪の打ち合わせ。
クラウスも私もシンプルなリングの結婚指輪にするつもりだった。ただリングの内側に、あの紫のマーブル模様の鉱石を、シークレットストーンとして埋め込むことにしていた。クラウスの手持ちの鉱石を宝石商に渡し、加工してもらうつもりだ。
ちなみにこの鉱石はグレーティングが終わり、今は本格的な積雪前に、産出される河の現地調査が始まっているという。クラウスが打ち合わせをした鉱物学者のアレクセイを中心に、現地調査は進んでいるそうだ。
「シークレットストーンもいいですが、リングの内側に刻印も刻めます。いかがなさいますか?」
宝石商に問われ「ぜひ入れよう!」と即決する。が、文字数が決まっているということで、悩むことになる。しばし思案した後、二人でお互いのリングに刻むメッセージを決めた。クラウスは私の結婚指輪に「Just for you」を刻みたいという。
その意図は「わたしのすべてを、セシル嬢に捧げる気持ちを込めました」と言われ、目の前に宝石商がいることを忘れ、クラウスと熱く見つめ合ってしまった。
私がクラウスの結婚指輪に刻むメッセージは「Yours forever」。これはもう、永遠に私はあなたのものです……という意味を込めたいから。当然クラウスは喜び「セシル嬢……」と甘く私の名前を呼び、頬に手を添える。
これは……まるで今から口づけをするような……。
宝石商とジョセフが咳ばらいをして、トニーが動揺し、腕を壁にぶつけるなど、周囲を焦らせてしまった。……私だってとてもドキドキした。まさかここで!って。絶対にそれはないと分かっていても。
宝石商との打ち合わせの後、ティータイムで休憩し、その後は宮廷画家との顔を合わせだった。
皇宮には、皇族の姿を描いた絵を飾る部屋があり、皇帝ごとに宮廷画家を抱えている。今のシアドア皇帝お抱えの宮廷画家は、イワン・レーピンで、26歳という若さ。彼は急逝した前任の宮廷画家から、そのお役目を引き継いだばかり。
とても腰が低く、優しく穏やか。女性との情事に目がないキリル殿下の肖像画を描くのは……大変そうだ。ちなみに彼の前任の宮廷画家は、酔って湖に落ち、そのまま湖が凍り付き、遺体は春まで湖に展示されたといういわく付き。
ひとまずこれから皇宮で苦労しそうなイワンであるが、彼には私の肖像画、クラウスと私の婚約を記念した肖像画、結婚式の様子を描いた肖像画の三点を描いてもらうことになっていた。これらの絵は完成すると皇宮に飾られるというのだから……本当に私はすごい相手と婚約してしまったと噛みしめる。
そしてこれからはクラウスが公務の時、私は宮殿内に設けられたイワンのアトリエに通うことになった。
「夕食までまだ時間がありますね。皇宮の絵が展示されている部屋へ、行ってみましょうか」
クラウスにエスコートされ、歴代の皇帝の肖像画や戴冠式、結婚式の絵を眺めている時間は、とても穏やかだった。絵が展示されている部屋では、物音が一切していないというのもそうだが、外ではまたも雪がちらついていた。





























































