32:口止めが必要だな
結局、もう腕が筋肉痛になりそうだったので、予定より早めに練習を終えた。
「セシル様、どちらへ行くのですか?」
「少し熱くなってしまったから、庭園に出るわ。ここからはよく見えるでしょう? 大丈夫よ」
「あ、なるほど。ではこのガントレットはお預かりします。内側の布は外せるので、洗濯しておきます。あと筋肉痛になると思うので、練習は二日に一回にしましょう。痛んだ筋肉を休めることも重要ですから」
トニーの言葉に返事をして、私は窓を開け、庭園へと出て行く。
護衛騎士に話しかけたトニーは、ガントレットの手入れを指示しているようだ。
離れには専用の庭園はなく、目の前に見えているのは皇宮の庭園。
寒さに強いと言われる白い小花が可愛らしいスイートアリッサム、これからの季節に欠かせないポインセチア、カラフルなパンジーが花壇で揺れていた。
寒いと思っていた外の気温が、今は丁度よく感じる。
太陽も12時を目指し、ぐんぐん上昇しているからだろう。
「!」
あれはクヌギの木だろうか。
リスの姿が見えた。しかもウッド王国では見ない種類。
後ろを見ると護衛騎士二人の姿はなく、トニーがメイドに指示を出し、床掃除が始まっている。多分、護衛騎士はガントレットの手入れ、もう一人は昼食の準備を始めるよう、厨房に指示を出しに行ったのだと思う。
クヌギの木は、トニーがいるホールからも見える。それに皇宮の廊下と庭園はつながっているが、そこには警備の騎士の姿も見えていた。防犯上の問題は、見当たらないと思える。
大丈夫よね。
少し離れから、はなれるけど。
リスを見ようとそのままクヌギの木へ近づくと……。
クヌギの木は幹がとても太かった。
だから近づくまで見えなかったのだけど、その太い幹の影にベンチがあったのだ。
そこはまさに密会にはもってこいの場所だった。
そして実際、利用している方がいたのだ。
これは……!
男性は後ろ姿しか見えていない。でも美しい銀髪にチャコールグレーのマントが見えた。女性の方は……あれはメイド服だと思う。
未婚の男女の不用意な接触は禁止だった。
でもキスをしていた。
どう見てもマントの生地が上質だったことから、貴族の男性だと思うのだけど、メイドの女性が奥様なの……?
人目につきにくい場所だった。
それを思うと……。
早急に立ち去ろうとしたその時、手首を掴まれ、悲鳴を上げそうになる。でもその悲鳴を上げられなかったのは、口を押さえられてしまったから。
そのまま後ろから抱き寄せられる状態になり、もうビックリしてしまう。
心臓が縮み上がり、全身が硬直したように感じた。
「……君か。どうしてここへ来た? 私のことを何か探るつもりだったのか?」
通りやすいが、その場の気温を下げるような冷たい声。
この声を知っている!
キ、キリル殿下だ……!
「クラウスに頼まれて来たのか?」
違うので、可能な限り首を振る。
「では君の意志か?」
ここへ来ようとしたのは、私の意志。ただしキリル殿下の情事を見るためではない。そこで私はふがふがと声を出すことを試みた。すると……。
「弁明がしたいと。……いいだろう。悲鳴や余計な声をあげたら、痛い思いをすることになる。分かったか?」
またも懸命に頷く。
キリル殿下の手がようやく口から離れた。
そこで何度か深呼吸を繰り返して息を整える。
「離れのホールにいて、庭園に出ました。少し外の空気を吸いたくなりましたので。そこでこのクヌギの木にリスがいるのが見えました。ウッド王国にいるリスは赤褐色ですが、この木で見えたリスは、背中に縞模様もあり、見たことがない種類。つい気になって来てしまっただけです……」
そこで慌てて付け足す。
「ここにベンチがあることも、人がいることも気づきませんでした。邪魔するつもりなど、ありませんでした」
なんだか全身の血の気が引き、震えてきていた。
実際、熱さは吹き飛び、今は冷たい外気を素肌が感じ、じわじわと寒さを実感している状態でもある。
「……なるほど。リス、か。確かにウッド王国とここでは自然環境が異なるからな。リスの種類も違う」
キリル殿下の声の温度が変わった! 冷たい声に、温度が戻った気がする。
納得いただけた……!
安堵のため息が出そうになったが。
「だがさっきの現場を見られてしまった。それに盛り上がった気分を邪魔され、私は不完全燃焼だ」
キリル殿下の手が、腰から脇腹を撫であげるようにするので、悲鳴をあげそうになってしまう。
「口止めが必要だな」
「!?」
いきなり体の向きを変えられ、顎を持ち上げられた事態に、パニックとなる。
口止め=口を塞ぐ=キス!?





























































