7:文通
突然、美貌の貴公子が涙をこぼしていると気づき、驚いてしまう。
「え、あの、どうされましたか?」
「……驚かせてしまい、すみません。わたしはようやく……」
「……?」
美貌の貴公子は涙を拭うと、輝くような笑顔で私を見て、ペンダントの宝石をのせた私の両手を自身の手で包み込んだ。
「セシル・リヴィングストン様。数日後、正式にあなたの家に連絡をとり、お屋敷へ足を運ばせていただきます」
「!?」
急展開過ぎて、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだった。でも美貌の貴公子は、私の手から自身の手を離すと、ゆっくり立ち上がっていた。
「すぐに手筈を整えますから。あなたを見つけ出すことができたのは奇跡です」
「あの、一体、何が何だか?」
「後日、きちんと説明します。お時間をください」
既に彼は窓のそばに待つ黒騎士の方へ向かい、歩き出していた。
「ではせめてあなたのお名前を教えてください」
立ち止まった貴公子は、こちらを振り返った。
その瞬間、アイスシルバーの髪がサラサラと揺れ、その美しいことと言ったら……。
「クラウスです」
そう言ってキラキラした笑顔を残し、黒騎士と共に姿を消してしまった。
い、一体全体、何が……?
私と話したいと言っていた。
そして人探しをしていて、私と一致するかどうか分からないと言っていたはず。
でもあの反応だと、どうやら一致していた……らしい。
しかもこのペンダントの宝石……鉱石に興味を持っていた。そして来歴について話したら、涙を……。
「セシル!」
「カール」
カールは背後を気にしながら私のところへ駆け寄った。
「話があるなんて言うから、てっきりもっと時間がかかるかと思った。それがあっさり終わっているから驚いた。しかもあの……なんだかとんでもなく身分が高そうな男性。今、全身黒ずくめの男とホールを足早に出て行ったけど、一体全体どうなっているんだ?」
「それは私も同じで、驚いているところよ」
私の隣に座ったカールに事の次第を話すと……。
「なるほど。ちなみにその宝石をくれた文のやりとりの相手って? 僕はセシルが文通していたなんて、知らなかったな」
「そうよね。でもそれはほんの短い期間のことよ。私は毎夏、2週間ぐらい、いとこの伯爵家の屋敷に滞在していたでしょう?」
子供の頃、年の近いいとこがいる伯爵家に、夏休みの2週間を使い遊びに行くのは、私の毎夏の楽しみだった。その伯爵家も王都にあるのだが……。私の住む屋敷が宮殿まで馬車で30分なのに対し、伯爵家の屋敷からでは2時間かかる。つまり王都のはずれにいとこの屋敷はあり、私が暮らす周辺とは景色が一辺していた。巨大な河が近くにあり、森も伯爵家のすぐそばにあった。
子供が遊び回るには、実に最適な立地にいとこの屋敷はあったのだ。
それは私が覚醒してから3年経った13歳の夏のこと。
いとこと共に河で遊び、メイドに連れられ、屋敷に戻って来た。この年の夏、例年と違っていたことが一つある。それは……。
「セシル。今年は1階のサンルームと子供部屋は使えないんだ。その代わり、2階に図書室を新たに作ったから。沢山の本がある。そこで楽しむといいよ」
そう、叔父である伯爵に言われた。
1階のサンルームとそこに続く子供部屋は、いとこも私もお気に入りだった。子供部屋は広々としておもちゃも沢山ある。サンルームは文字通り、陽射しが気持ちよく降り注ぎ、河で遊んだ後、そこで微睡むのが大好きだった。
そこを使えないのは残念だが、図書室には本が沢山ある。ポップアップブックもあり、十分に楽しめた。
ただ……。
サンルームはそのまま庭につながっている。
その庭にはひときわ巨大な木があり、太い幹には当時の私の背に丁度いい場所に、樹洞があった。その木にできた穴に、私はこのいとこの屋敷に滞在中に手に入れた宝物を隠していた。ブリキの缶にいれて。
サンルームに近づくつもりはない。
でもその大木はサンルームを出た近くにあった。
だから河遊びから戻り、おやつを食べ、昼寝していた私は……。こっそり起き上がり、部屋を出ると、その大木へ向かった。
明るいシトロン色のワンピースのフリルを揺らせ、足早に建物から庭へと出る。誰かに見られていないかとキョロキョロしながら大木に近づき、樹洞を見る。
あったわ……!
あちこちが錆ている年季を感じさせるブリキ缶。
それを開けると……。
折り畳んだ羊皮紙が入っている。
なんだろうと開くと『勝手に開けてごめんなさい。なんだろうと思い、開けてしまいました。何も取っていません』と書かれていた。
これには驚いてしまう。
何も取っていないなら、開けたかどうかなんて分からない。黙っていれば私は何も気が付かないのに。
これを開けた人は律儀ね、という思いと、思い付きで。私はその手紙に返信を書くことにした。『気にしていません。これは夏にここに滞在する時に集めた宝物です。とても綺麗だと思いませんか?』と、水色のメッセージカードに書くと、ブリキ缶をわざと木の根元に置いた。
代わりにメッセージカードを入れた封筒を、樹洞の中に入れたのだ。
すると翌日。
ブリキ缶は樹洞の中に戻っている。蓋を開けると、折り畳まれた羊皮紙が入っていた。開くと……。
『とても素敵だと思います。透明なガラス玉。美しい碧い羽。手製の押し花の栞。でも一番気に入ったのは、クレヨンで描かれた河と森。こんな綺麗な河と森が、この辺りにあるのですね』
この手紙の送り主は、あの河と森に足を運んだことがないのかしら?
そう思い、私は河の美しさ、そこにいる魚、森で見かけた動物、沢山の花について書いた手紙をブリキ缶にいれた。翌日、缶の中に私の手紙はなく、見知らぬ相手の折り畳まれた羊皮紙が入っている――。





























































