28:食えない奴
私の疑問の答えを、ガヴリールは簡単に口にする。
「とにかく自分は皇妃からしたら、どうでもいい存在。いてもいなくてもどちらでもいい。キリルさえいれば、ですからね」
ガヴリールが揚げパンを取り、半分に割る。中にはブルーベリーのジャムが入っているのね。美味しそう……。
「よって皇妃から母親のような愛情を感じたことはないです。それでも自分の母親ですから。一応は素直に従っています。何より彼女は、この皇宮で絶対の存在。歯向かうことによるリターンが見えない」
母親と息子なのに。
なんてドライな関係なのかしら。
それを思うとリヴィングストン家は……。
母親は兄弟にちゃんと愛情を注いでいた。兄弟も母親の愛情に飢えているなんてことはなかった。
「今はパワーバランスを考え、一応は皇妃に従っています。でもセシル様が有利になるなら。自分はいつでも立ち位置を変える用意があります」
これは……最悪ね。
だってガヴリールは、日和見主義と自身で言っている。皇妃と私、有利な方につくが、もし私が不利と見れば、あっさり切り捨てるというわけなのだから。
危うさはあるが、全面的に好意を見せてくれるライト第四皇子とは違う。
ガヴリールとは距離を置いた方がいい。
でもそれをハッキリ見せるのは、得策ではないと分かる。
ガヴリールは今朝の私を見て、私が何か違うと気が付いた。だからこそこうやってお茶に誘った。婚約者も同席させず、一対一で話をしている。
要するに何かあれば私の味方になってもいいと言っているのだから、あえてはねつける必要はないと判断した。
「ガヴリール第三皇子様の考えは、よく分かりました。でも私は、まだアイス皇国に来て二日目ですから。まだまだです」
「うまいですね。すぐには乗らないと。いいですよ。その時が来たら、一応、自分にも声をかけてください。熟考の上、どちらにつくか決めますから。基本的に自分はノータッチです。関わるつもりはありません」
食えない奴……とはガヴリールのことを言うのね。
「あと、現状、皇妃には睨まれたくありませんから。セシル様と慣れ合っているように見えるような行動を、とるつもりはありません。それで、今日はお茶会へ誘ったでしょう? これもこのままだと、自分がセシル様に友好的に接しているとみられてしまう。それは……困るんですよね」
「えっと、それは……どういうことかしら?」
「紅茶は免除します。さすがに素敵なドレスと毛皮がもったいない。だから水で」
「え」
いきなり陶器製のピッチャーにはいった水をぶっかけられた。
もう、驚き、言葉が出ない。
「セシル様!」
叫んだジョセフが駆け寄り、私は何かの布に包まれる。
「ガヴリール殿下、これはあまりにもヒドイことでは!? 冬なんですよ!? 我々は離れまで帰る必要があるのに!」
「え、でもこれぐらいしないと、自分の立場がないから。もう出て行ってもらえる?」
「な……!」
「ジョセフ、行きましょう」
「でもセシル様……!」
何か言おうとするジョセフを制し、私は椅子から立ち上がる。
私の為にジョセフは、自身のマントで私を包んでくれていた。だが彼のウールのマントでは、水はほとんど吸収されない。同じように。私も毛皮のローブを着ていたから、少しは水を弾いてくれたようだ。吸収されていない水が次々と滴り落ち、美しいアラベスク文様の絨毯の上に、小さな水染みができていく。
今朝、私は皇妃に勝利した。だから慢心していたと思う。でもガヴリールの本心を知ることができた。そのための代償が、これだと思うしかない。
ガヴリールが言う通り、紅茶でなかっただけ幸いだ。この素敵な毛皮のローブは、クラウスが私のためにわざわざ用意してくれたもの。水なら乾かせば、また使える。
部屋を出ると、廊下で待機していた護衛騎士は、髪がびしょ濡れの私を見て驚き、ジョセフを見る。ジョセフは二人の護衛騎士にいろいろと指示を出して……。
結局私は、皇宮の正面からジョセフの指示で用意された馬車に乗り、離れまで戻ることになった。離れに戻ると、オルガがお風呂を用意し、待っていてくれた。私はすぐに着ているものを脱がされ、そのまま温かい湯船につかる。
「温かいわ……」
ジョセフには「問題ない、大丈夫」と言い続けていたが。
皇宮のエントランスホールは、暖炉のそばにいても寒かった。
何せ髪が濡れているから。
ガヴリールも頭からぶっかけなくてもいいのでは?と思うが、後の祭り。
「紅茶は免除します」とガヴリールが言った時。いち早く異変に気づいたジョセフが動いてくれたけど、ガヴリールの動きの方が早かった。あれはまさに青天の霹靂だったと思う。
それにしても、前世でも経験がない。そして転生した今回でも初めてのことだ。水をぶっかけられるなんて。公爵令嬢なのだ、現在。水をかけられるなんて、普通に令嬢として生きていたら経験しないこと。しかも、皇妃ではなく、まさかの第三皇子であるガヴリールに水をかけられるなんて。
衝撃的だった。
でもジョセフには「クラウス様に、報告するのでしょう? くれぐれもガヴリール第三皇子に、クラウス様から何もしないようにお願いして。私もお風呂を終えたら、直接クラウス様にお願いするけれど」と伝えていた。ガヴリールの真意は分かっているのだから。ここは落ち着いて対処した方がいい。
ガヴリールにいちゃもんをつければ、皇妃は不機嫌になる。愛情がないとしても、自分の子供への非難は、イコール自分への攻撃と捉えかねない。まだ彼女の懐には入り込んだばかりなのだから。今はとにかくおとなしく、だ。
ちなみに懐に入り込んだとはいえ、それはまだ入口。ガヴリールが私に水をかけたくらいでは、皇妃は私のことを気遣うことなどないだろう。
ともかく髪を乾かしてもらい、ラベンダーアイス色のドレスに着替えた。そしてバスルームを出て、寝室を抜け、クラウスの部屋に向かおうと思ったら……。





























































