23:秘策の投入
「ほお、これはなんと珍しい……」
男性である皇帝陛下でさえ、嘆息していた。
朝食の席で、私が用意した秘策は、皆の注目を集めた。必然的に私とクラウスを無視した会話は、成立しなくなる。
「お姉様、これ、美しいわ」「本当にスワンみたいで、使うのが……勿体ないわね」
二人の皇女も瞳をキラキラ輝かせている。
あの皇妃でさえ、文句を言うことを忘れ、私が用意した秘策を見つめていた。
「これは……ウッド王国で流行しているものなのですか?」
銀色のセットアップ姿のキリル殿下が私に尋ねた。
「はい。シュガークラフトと申しまして、紅茶の文化が発展する中で、ウッド王国で誕生したものです。砂糖を工芸品のように作り上げるもので、薔薇、スワン、蝶など、とても美しい形をしています」
「なるほど。これは確かに美術品にさえ思える。美しい……」
そう言って呟くキリル殿下も、とても美しい。
それはさておき。
私は説明を続ける。
「特にスワンのようなデザインは繊細なので、持ち運びが大変です。すぐに壊れてしまいます。それに砂糖はまだまだ貴重ですから。よって他国にはほとんど輸出されていません」
アイス皇国では、紅茶にジャムや蜂蜜を入れることが多い。よって紅茶にいれる砂糖は、オーソドックスなもの。シュガークラフトの文化はない。かつ今私が言った通り、運搬が難しいから、ウッド王国以外では、ほぼ知られていなかった。
「皇帝陛下、このシュガークラフト、アイス皇国でも作れませんの?」
皇妃はあまり輸出されていないと知ると、光沢のあるサンシャインイエローのドレスに包まれた体を皇帝陛下に摺り寄せ、自分達で作れないかと尋ねる。
「いや、それは……。アイス皇国では砂糖の生産はゼロ。輸入に頼っているから高級品だ。自国で作るのは……」
そこで皇帝陛下が私に尋ねる。
「ほとんど輸出されていないとのことだが、シュガークラフトをアイス皇国の皇族として購入することは、可能だろうか、セシル嬢?」
「そうですね……。砂糖は関税と輸入税もかかり、その管理手続きは煩雑。さらにシュガークラフトは、実は他国からも欲しいとの声が多く、国として輸出を制限しているようで……」
「な、何て高慢な! たかだか砂糖ではありませんか!」
皇妃が眉を吊り上げ、声を荒げるので、皆、息を飲む。
「そうですね。たかが砂糖なのですが、砂糖を生産できる地域は限られています。そして砂糖を栽培できる地域は、そのほとんどがウッド王国の友好国ですので……」
つまり砂糖を栽培できる国と、いち早く交易を始めたのが、ウッド王国だった。かつ砂糖の価値にいち早く気づいたので、交易だけではなく、各種援助も行っている。だからこその友好関係。砂糖生産国は、ウッド王国にとても好意的だった。逆に金に物を言わせて砂糖を買いたがる国に対しては……輸出制限し、とんでもない金額の関税を設定していた。
その結果、ウッド王国の周辺の国々は、ウッド王国経由で砂糖を手に入れるのが一般的になっている。
私の言葉に皇妃の顔が、増々怒りで満ちる。そこで……。
「ただ、私の父は外務事務次官をしていますから。シュガークラフトがアイス皇国の皇族の皆様が手に入りやすくなるようできないか、相談しておきます。かつ、父はアイス皇国に嫁いだ私に『ウッド王国のもので欲しい物があれば、なんでも送ろう』と言ってくださっているので、シュガークラフトを送ってもらうようにしますわ。そしてそれは皇妃エリザベータ様に捧げます」
これには皇妃の顔から険が消えていく。口角が上がり、ニヤリという顔になる。
「……まあ、セシル嬢。それは素敵な心掛けね。それでいついただけるのかしら?」
「皇妃エリザベータ様に贈るものですから、特注で最上のシュガークラフトをご用意したいと思います。父に手紙を書き、早馬で届け、特注品を用意してとなると……どうしても1週間から10日間はかかってしまうかもしれませんが」
「! 問題ございませんわ。……シュガークラフトが届いたら教えてくださるかしら? お茶会をしましょう、一緒に」
皇妃がついに笑った。
それはそうだろう。
砂糖の輸入には、煩雑な手続きを、ウッド王国側であえて課している。そうやって調整しているのだ。砂糖が大量に流通しないように。よって砂糖が届くのは、数カ月かかるなんてことが当たり前。それが最長でも10日待てば手に入るのだ。笑いたくもなるだろう。
笑顔が出るぐらい皇妃は嬉しくなり、御礼の気持ちで私をお茶会に招待する……なんてわけはない。皇妃はお茶会の席に、自身のお気に入りの貴族のご婦人を招き、シュガークラフトを自慢するつもりだ。そういう人物だろうと予想は既についている。
でも、それで構わなかった。





























































