22:その口づけはできれば……。
翌朝。
朝起きて、窓の外を見ようとするが……。
昨晩、雪が降っていた。気温は低かった。
でも室内は温かい。
よって窓は曇っている。
二重になっている窓を開けようとすると……。
外側の窓は凍り付いているようで、開かない。
でもタオルで窓の曇りを拭くと……。
あ、もう雪は降っていない。雪は……うっすら残っているぐらいで、クラウスの言う通り、まだがっつり積もるわけではないようだ。
それにしても……寒い!
慌てて毛皮のガウンを羽織る。
そこにノックの音が聞こえた。
クラウスだわ!
「おはようございます、セシル嬢。今朝はもう起きていたのですね」
「おはようございます、クラウス様。はい、今日はついさっき目が覚めました」
「そうでしたか。セシル嬢の可愛らしい寝顔を見たかったのですが……。残念です」
朝から優美な笑顔をクラウスが浮かべるから!
いきなり全身から力が抜けそうになってしまう。
これはもう……もはや朝の習慣になっているのに。
いつまで経っても慣れることがない!
クラウスは、紅葉を見るために気球に乗った後、川に向かって歩いている時にこう言ってくれた。
――「寂しい思いなんてさせませんから。姿絵などなくても問題ないとセシル嬢が思えるよう、努力します」
彼は有言実行の人。
この日の夜からクラウスは、彼の国の文化ではないが、ウッド王国の紅茶の習慣を、私達の生活に取り入れてくれた。つまり、夜寝る前と目覚めに飲む紅茶の習慣、ナイトティーとアーリーモーニングティーを、私のために始めてくれたのだ。
これは……実に素晴らしい習慣だと思う。
そして今、クラウスはティーセットをトレンチにのせ、私の寝室を尋ねてくれた。白の寝間着にシルバーの毛皮のガウンをまとったクラウスは、朝から眩しいほど美しい。
何より寝間着にガウンという姿なのに、それすら高貴に見えるのだから。彼が持つ洗練されたオーラは、半端ないと思う。
私をベッドに座らせると「冷えますから」と、まずはウールの膝掛けをかけてくれる。そしてティーカップに紅茶を注ぐと、恭しく私にカップを差し出してくれた。
ソーサーを手に取り、紅茶を受け取ると、カップに手をかける。クラウスは用意されていた丸椅子に腰をかけ、その長い脚を組むと「どうぞ」と微笑む。
なんて素敵な目覚めなのかしら。
朝からこの美貌の笑みを眺めながら、美味しい紅茶をいただけるなんて。
この紅茶の習慣をクラウスが始めてくれたから、私は姿絵を隠し見ることもなくなった。
「……セシル嬢、本当にいいのですか?」
「! 朝食ですよね。はい。私達が顔を出すと皇妃は不快かもしれませんが……。朝食は王族の皆様が、唯一全員揃う場であると聞いています。用事があるから欠席になるのは仕方ないと思いますが、そうではなければ……。同席した方がいいかなと思います」
「……無理を強いていませんか?」
心配そうにクラウスが浅紫色の瞳を私に向ける。
本音は皇妃となんて朝食をとりたくない!だけど。
それを言えばきっとあの第四皇子のライトだってそうだと思う。それに他の皇子の婚約者の令嬢達も……皇妃を怖いと思うが、立場上我慢しているのだから。私だけ逃げるわけにはいかないだろう。
それにリヴィングストン公爵家のモットーは、不屈の精神。
加えて私は一年かけ、皇妃に備えてきたのだ。
晩餐会ではやられっぱなしだった……わけではない。初日なのだ。いきなりこちらから仕掛けるつもりはない。様子を見つつ、次の出方を考えることにした。
これは負け惜しみではない。
だって。
今朝は会話に置いてきぼりにならない物を用意してあるから!
「クラウス様、ご心配いただき、ありがとうございます。白旗を振るにはまだ早いと思うのです。どうしてもの時は、クラウス様に助けを求めます。でも今はまだ、大丈夫ですから」
「セシル嬢……」
瞳を輝かせたクラウスが私の左手をとる。
あ……!
また私の左手ばかりがクラウスの寵愛を……!
左手もまた、私の一部と分かっている。
分かっている。
分かっているけれど……!
その口づけはできれば……。
この点だけは相変わらず悶々としてしまうが、今はそんなことしている場合ではない。朝食の席に向かうと決めているのだから、紅茶を飲み、身支度を整える必要がある。
「クラウス様、用意が整いましたら、エントランスへ向かいますね」
「ええ、セシル嬢、お待ちしています」
こうして素敵な笑顔のクラウスと入れ替わりで、マリとエラが部屋にきてくれる。
「二人とも、身支度の手伝い、お願いね」
「「かしこまりました! セシルお嬢様!」」
ラベンダー色のドレスは襟、袖、裾に銀色のファーが飾られ、とても暖かい! 飾りボタンもファーのボンボンのようになっており、とても可愛らしかった。
これにクラウスの髪色と同じ、アイスシルバーの丈の長いローブを纏えば……。この離れから皇宮の朝食会場となるダイニングルームまでの移動も、大丈夫なはず。
オルガによると、皇宮にはまだまだ十分、部屋が余っている。離れに住んでいるのは……クラウスと私だけだ。離れに住むことで沢山の不便を強いられているが……。
恨み事を言っても、何も変わらない。
皇宮に住むというのは、マンションの一室で暮らすようなもの。ご近所さんには気を使う。離れというのは一軒家みたいなものだから。ある程度の自由度はある!
そう、前向きに。
クラウスもそう考えて乗り切って来たのだから、私にだってできる。
こうして秘策を手にエントランスへ向かった。





























































