19:セシルお義姉様
クラウス……!
素晴らしいわ。
この場で私とどうする?と話しても、お互い本音で話せない。持ち帰り、考える時間を得たことは大きいと思う。それに内輪ネタだったからついていけなかったと批難することなく、私達の状況を踏まえ、話題に入れなかったことも、お詫びできている。
「そうか、でもそれはそうだろうな。我々も少し身内ネタで盛り上がり過ぎたかな? ひとまず部屋に戻り、ゆっくり二人で話すといいだろう。……皇妃もこれでいいかな?」
皇帝陛下……!
冗談めかした言い方だけど、なんとかクラウスと私を守ろうとしてくれている。皇妃が怒らない範囲で、懸命にサポートしようとしていることが伝わってきた。
一方の皇妃は……。
苦虫を嚙み潰したような表情をしている。とてもこれでいいとは思っていないと、すぐに分かった。でもクラウスの対応は完璧。なぜ言葉を発することが少なかったのか、その理由も伝え、かつ話はしっかり聞いていたとアピールしている。
ここでこれ以上、ごねるようなことはしないと、皇妃は決めたようだ。
「ええ、即答いただかなくとも、結構ですわ。……皇帝陛下、ついワインを飲み過ぎてしまったようです。そろそろよろしいかしら?」
皇妃が皇帝陛下にしなだれかかった。そしてこの一言を合図に、晩餐会は終了となる。
皇帝陛下夫妻が退出すると、皆、席を立つ。
すると皇太子であるキリル殿下が、クラウスに声をかけた。クラウスは「セシル嬢、すぐに戻りますから」と私の手の甲にキスを落とすと、キリル殿下に駆け寄る。
手の甲にクラウスの唇が触れた時、心臓は大きく跳ね上がった。だがまだ気は抜けないと歯をくいしばり、腰砕けになることを回避する。
キリル殿下とクラウスは、そのままその場で立ち話をしていた。
こうやって見ると、少し似た雰囲気の二人は絵になる。キリル殿下は、晩餐会の部屋に登場した時こそ、その場を凍らせるような言葉を発していたが、今はそれがなかった。普通に美しい声だ。
もしかすると会場の不穏な空気を察知し、それを鎮静化させるため、あえてあの冷たい声を出したのかもしれない。
本来、晩餐会の後は隣室へ移動し、お酒やコーヒーを楽しむ。ウッド王国はそうだった。でもこの感じだと、それはないのかしら? キリル殿下とクラウスは立ち話をしているし。
そう思ったが……。
「セシルお義姉様、おしゃべりしましょう」
エスコートする体勢で私の手を取ったのは、第四皇子のライトだ。見ると自身の婚約者は部屋に戻し、自分だけこの場に残り、話すつもりなのだと伝わってくる。
「え、えっと」
晩餐会の後のおしゃべり。
それは通常ではよくあること。でもこの晩餐会ではそれがないと思ったのだけど……。
見ると廊下と反対側の扉が大きく開けられ、隣室にはお茶菓子と飲み物が用意されている。一応、形式に乗っ取り、誰も利用しないかもしれないが、おしゃべりするスペースは設けられているようだ。
チラリとクラウスを見ると、まだキリル殿下と何かを話している。声をかけ、邪魔はしたくない。
「セシルお義姉様、もしかしてボクと話すのが嫌?」
ライトの黒い瞳が、底なしの沼のように淀んだように感じる。さっき、二人の皇女のことを「メス豚」と呼んでいた。怒ると豹変するタイプなのかもしれない。
「!」
誰かがそばに来たと思ったら、トニーだ。私が困っていると気づいてくれた。とはいえ、護衛騎士の立場で、第四皇子に何か物申すことはできないだろう。でも見守ることならできる。
ならば。
「分かりました。クラウス様はキリル殿下と話しているので、それが終わるまででよろしければ」
「やった。じゃあ、来て!」
ライトは私をエスコートし、隣室のソファに腰かける。私もソファに座ると、隣室で待機していたメイドがコーヒーを運んでくれた。トニーは少し離れた場所で、ちゃんと待機してくれている。
「セシルお義姉様、すごく綺麗。それにさ、皇妃の挑発にも乗らなかったし、蚊帳の外にされてもめげなかった。心が強いよね。それに偉いな~」
コーヒーに砂糖とミルクをたっぷり加えると、ライトはそれをかき混ぜながら話続ける。
「皇子の婚約者はさ、一度は皇妃のいびりを受ける。皇宮の最高権力者は自分だって示すために、今日みたいな感じの洗礼があるんだよ。それは晩餐会だったり、お茶会だったり、いろいろだけど」
……! そうだったのね。それは知らなかった。でも皇子の婚約者は皆、国内外の上流階級のはずよね? 皇妃に逆らう気持ちなんて、ないと思うのだけど……。
「皇子の婚約者になるなら当然、皇妃の噂を聞いているし、歯向かうつもりなんてない。だから皇妃からの洗礼を受けたら……。温室育ちの令嬢はみんな、瞬殺される。以後、絶対に皇妃には逆らわない。皇妃が黒と言えば、例えそれが白だとしても、みんな黒と答えるようになる。それぐらい、皇妃は皇宮で力を持っているし、恐れられているから」
確かにこれは恐ろしいわ。完全に洗脳みたいなものよね。でも私は屈するつもりはないし、向こうも一度の洗礼で済ますつもりはないだろう。何せ私は、皇妃が嫌った側妃の息子の婚約者なのだから。
あれ、でも。
そう考えるとこの第四皇子だって……。





























































