14:今すぐあなたを抱きしめたい
皇宮の正面のエントランスにつき、晩餐会の会場となるホールへ向かうことになった。
さすが皇宮。
ウッド王国の王宮にあたる、皇帝の一族が住まうその場所は、とても壮麗な造り。建築様式の素晴らしさもそうなのだが、白に統一された空間に唸るしかない。
エントランスは大理石の床と柱でとにかく真っ白。
それはまさにアイス皇国の雪をイメージしたかのようで、徹底的に白。
ホールに置かれている調度品や花瓶も白、生けられている花も白。シャンデリアは銀細工、彫像は大理石、タペストリーは白い生地に銀糸の刺繍。
その真っ白な空間を進んで行くと、そこはそのまま廊下へとつながり、左右には等間隔に警備の騎士が並んでいるのだが……。
彼らの隊服もまた白い。装飾は銀糸が銀製品だ。
ただ、髪や肌の色はさすがに様々で、そのことになんだか安心してしまう。
さらにクラウスにエスコートされ、歩いているうちに気づいたのだが、とても明るい。
よく見ると、警備の騎士がいる場所にあわせ、壁掛けの松明が沢山灯されている。さらに騎士の身長と同じぐらいの高さのトーチも、等間隔にいくつも置かれていた。
木造ではなく大理石の建築物だから、松明が多用され、明るさと寒さ対策になっているのね。
「セシル嬢、もうすぐで着きますから。……遠回りとなり、申し訳ないです」
「気になさらないでください。食事の前のいい準備運動ですわ。これでいっぱい美味しい料理をいただけますから」
無言のまま向けられたクラウスの眼差しは……。
ちょ、ちょっと待ってください!
まずいです、ここでその瞳は。
力が抜ける、力が……、いやここは無我の境地モードを発動!
なんとか腰砕けになることを回避できた。
あぶなかった。本当に。
無我の境地モードが発動しているが、心臓は全力疾走の直後かのようにバクバクしている。
今のクラウスの眼差しはもうたまらないものだった。
あれはどれだけ心を武装させていても、瞬殺するぐらいの甘い甘い甘い眼差しだ。
浅紫色の瞳は普段より色が濃くなったように感じ、キラキラと輝いていた。
そしてその瞳が語っていたのだ。
――セシル嬢。今すぐあなたを抱きしめたい。
そう言っているように感じてしまった。
勘違いなら穴に入りたいぐらい恥ずかしいけれど。
恐らく、皇妃の意地悪で遠回りすることになったのに、私が文句を言わず、前向きにとらえたことが……嬉しかった……のかしら? 多分、そうだと思う。
でもそれぐらいであんな眼差しを向けるなんて……。
私、無我の境地モードのレベルをさらにアップさせないと、大変なことになるかもしれないわ。
「セシル嬢、到着しましたよ」
「!!」
「大丈夫ですか、セシル嬢」
もう、クラウスの声が不意打ちで、無我の境地モードだったのに、うっかり腰が砕けそうになってしまった。この甘く優しい声にもちゃんと警戒しないと! 意識が吹き飛んでしまう。
「あら、クラウスお兄様に抱きつくなんて、ウッド王国の貴族は野蛮人のようですわね」
「本当に。わたくし達の国では、未婚の男女が触れ合うことは控えるルールなのに。お母様が言っていた通りですわ。隣国の貴族はマナー知らずって」
悪口はオブラートに包むのが、上流階級のマナーですよ!?
こんなストレートに悪口を言うなんて!
そう思いながら声の主を見ると……。
一人は、シルバーブロンドにローズクォーツのような瞳の清楚な美少女。乳白色のラベンダー色のドレスを着ている。もう一人はシルバーブロンドの巻き髪に、珊瑚色の瞳の小悪魔的な美少女。ガーネット色の大人びたドレスを着ていた。
これは……6歳と9歳の皇女ね!
二人とも皇妃の娘。
まだ年齢一桁なのに、この圧倒的な上から目線は、きっと皇妃仕込みと見た。
二人を紹介しようとするクラウスに待ったをかけ、私は静かに口を開く。
「ヴィヴェカ第二皇女様、シルビア第三皇女様、初めてお目にかかります。私はウッド王国から参りましたセシル・リヴィングストン、リヴィングストン公爵家の長女であり、アイス皇国第二皇子であるクラウス様の婚約者です。お二人のような美しい方が義理の妹になるなんて光栄ですわ。ぜひ仲良くしてくださいませ」
きっちり挨拶すると、二人の皇女は仕方ないという感じでそれぞれの名を名乗る。
「謁見の間での、ご挨拶の時間がございませんでしたので、お土産はお部屋へ届けさせていただきました。お受け取りになりましか?」
この言葉に二人の皇女は、ハッとした表情になる。
贈り物を先に受け取っているのだ。自分達から御礼の言葉を言うのが筋なのだが、私からやんわり指摘され、狼狽している。「え、ええ、ありがとうございます」と御礼の言葉はしどろもどろ。
未婚の男女が触れ合うことは、法律で禁止されている。それなのにクラウスに私が触れていた。それをマナー違反と二人の皇女は指摘している。でもマナーができていないのは、そちらも同じでは? 贈り物に対する御礼の言葉を、自ら言わなかったのだから――そう指摘をすれば、二人はぐうの音も出ないだろう。
だがしかし。
二人の皇女はまだ子供。しかも晩餐会の会場に入る前の廊下で、ぐずぐずするのはよろしくない。
そこでそのまま会話を切り上げ「クラウス様、先に入っていただいていいですよね?」とにこやかに微笑む。するとクラウスは「ええ。……さあ、シルビア、ヴィヴェカ、先にお入りなさい」と促す。
二人の皇女は「分かりましたわ」と半ば逃げるようにして、中へ入って行く。





























































