11:な、なんて艶っぽいの!
「間もなく到着しますよ、セシル嬢」
あまりにも甘い声に嬉しくなり「うんんん」と言いながら手を伸ばして掴んだ布をギュッと握りしめ、そのまま子猫のように丸まろうとしてハッと気づく。
私、アイス皇国に向け出発した馬車の中にいませんでしたか?と。
クラウスと楽しくおしゃべりをして乗っていたが、ついウトウトして……。
え、なぜ横になっているの?
それにこれは……!
ガバッと起き上がり、顔をあげると、美し過ぎるクラウスの笑顔が目に飛び込んでくる。
その瞬間、全てを悟る。
私は……多分、クラウスにもたれ、居眠りをしてしまった。
何せ前日の旅籠では、明日はアイス皇国と思うと、どうしても寝付くことができなかったのだ。それでも明け方ようやくまどろみ、朝は7時起き。寝不足だった。だからその居眠りは、居眠りのレベルを超えたのだろう。
そこでクラウスは私を膝枕して、寝かせてくれた――そう理解する。
クラウスが用意した馬車は、長旅に備えたもの。しっかりした作りになっており、座席自体も、従来の馬車より大きくとられていた。しかもクラウスは私が座席から転落しないよう、注意してくれていたはずだ。おかげで今の今までぐっすり……寝ていた……!
クラウスは手櫛で私の髪を整えてくれながら、実に優美に微笑む。
「私の膝で眠るセシル嬢は、まるで子猫のようで、とても可愛らしかったですよ。それに気持ちよさそうな寝顔は……」
透明感のあるクラウスの頬が、ふわっと桜色に染まる。
な、なんて艶っぽいの!
というか、寝顔を……見られてしまった!!
寝顔を見られた私は赤面。寝顔を見てしまったクラウスは、頬を桜色に染めている。その状態で馬車は止まり、あっという間に扉が開けられた。
「クラウス様、セシル様……!」
黒騎士ジョセフが、クラウスと私を見て顔を赤くする。
……!
ジョセフ、あなた何か勘違いしていないわよね!?
わ、私達は健全に馬車に乗っていたのだから!
一瞬、視線を泳がせたジョセフだったが、すぐにいつもの表情に戻り「皇宮の離れに到着しました」と告げると、一歩後ろに下がる。
「降りましょうか、セシル嬢」
「は、はいっ。……膝をおかしくださり、ありがとうございます」
「そんなこと、お安い御用ですよ」
秀麗な笑みに力が抜けそうになるが、開いた扉から迫りくる冷気に、気持ちが引き締まる。
ウールツイル生地のドレスを着ていた。
色はロイヤルパープルで、アイスシルバーのシルクベルベッドのリボンが、襟や袖、裾に飾られている。ウールだからとても暖かい。さらにその上に、浅紫色のウールのロングケープコートも着ている。そしてウールのタイツ、足元はしっかりブーツで防寒しているのに。
しのびよる空気の冷たさに息を飲む。
髪はアップにして、あの紫のマーブル模様の髪飾りで留めていたが……。部屋についたら髪はおろそうと誓う。
だが寒さは一瞬だった。
馬車を下り、クラウスにエスコートされ、離れという建物の中に入ると……。
二重扉の構造になっているようで、扉を開けるとまた扉があり、そこでどうやら雪などを払うらしい。さらに着ている外套はそこで脱ぐ。そして扉を開けて中に入ると……。
とても広い大理石のホールだが、左右二箇所に暖炉があり、勢いよく炎が燃えている。おかげでホールはかなり温かく感じた。
「荷物を部屋に運ばせています。落ち着くまでここでお茶をして休憩にしましょう」
クラウスに言われるままエスコートしてもらい、右側の暖炉の前のソファに腰をおろす。既に手袋は外していたので、そのまま指でソファに触れると……。
暖かい!
暖炉の中の薪が爆ぜる音がして、外の寒さを忘れてしまうぐらいポカポカ。しかもソファの下には、ふかふかの毛皮の絨毯。さすが国土の多くが永久凍土なだけある。寒さ対策はバッチリだ。
「クラウス殿下、セシルお嬢様、お帰りなさいませ」
トレンチを持ったメイドと共に、白髪交じりの年配の女性がこちらへ歩いてくる。黒縁の丸眼鏡に黒のワンピースという彼女のことを、クラウスはこう紹介した。
「彼女はメイド長のオルガ。私の母君に仕えてくれていました。母君が亡くなった後、一度は実家である伯爵家に戻られていたのですが……。セシル嬢を迎えるにあたり、再度宮仕えをお願いしました」
「セシルお嬢様。ウッド王国からはるばるアイス皇国にいらしてくださり、本当にありがとうございます。全力でお仕えしますので、これからよろしくお願いいたします」
そう言って微笑むオルガの笑みは温かい。
この人は……味方だと本能的に分かった。
「オルガメイド長、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
笑顔で応じると、オルガはそばにいたメイドに目配せをする。メイドはトレンチのティーカップとソーサーをローテーブルに並べていく。
「ここまでは長旅だったと思います。そして外はとても冷えていました。どうぞ、こちらの紅茶で体を温め、そして糖分を補給してください」
メイドがティーポットから注いでいる紅茶は……この香りはダージリンね。テーブルにはジャムがのった小皿も置かれている。ほのかに香るのは、ローズの匂い。つまりはローズジャム。これを入れて紅茶を楽しむのねと理解した。





























































