10:不屈の精神
舞踏会から戻り、カールからの餞別を見た私は、狂喜乱舞することになる。
だって。
カールが私にくれたのは、クラウスの姿絵!
しかも、それは私が欲しいと切望していた、クラウスの雅な眼差しの表情を描いたものだったのだ。
流し目とは違う、少し伏し目がちな瞳。
その瞳の上で揺れるサラサラの前髪。
背景には雪が花のように舞い、淡い光がその透明感のある肌を照らしているという、もうファン垂涎……いや私が垂涎ものの表情を描いたもの。
カールと私の付き合いは長い。
だから彼は私のツボを心得ている。
まず、クラウスの姿絵を私が欲していると把握していた。しかも欲しがっている表情の予測もついたのだろう。そこで普段の姿絵とは違い、バストアップの肖像画として、この絵を描いてくれた……!
いつの間に描いたのか分からない。
肖像画を描くにはモデルが必須!と言っていたカールが、その信念すら曲げてこの絵を描いてくれたのは……。
異国の地へ向かう私への、餞別だからだ。
そこには恐ろしい皇妃が待ち受け、受難の日々が始まる――そうカールは考えたのかもしれない。
負けるな、セシル。
愛する人と生きるために選んだ道だ。
応援しているよ。
そんなカールの声が脳裏に浮かぶ。そのエールと共に、私が元気になれるよう、この絵を贈ってくれたのだろう。
持つべきものは友だわ。
私はその絵を手持ちの鞄の中に大切にしまった。
翌日。
朝からこの日は大忙し。
いとこのマオ他、親戚との送別昼食会があり、王宮で国王陛下夫妻と王族とのティータイムもあった。夜は私の家族との晩餐会だ。
何度もドレスを着替え、宮殿へ移動したりでもう、大変。
でも家族との晩餐会は、胸にジーンと来る素敵なものだった。
「リヴィングストン公爵家のモットーは“不屈の精神”だ。かつて隣国との間に戦があった時代。王家に仕えた我がリヴィングストン公爵は、果敢に戦地へ赴いた。そこでは圧倒的に不利と言われた戦局を、機転で乗り越えている。最終的に勝利を収めた『アルランスの戦い』では、リヴィングストン公爵の“不屈の精神”が称えられている」
父親の言う通りで、この戦いを勝利に導いたことで、リヴィングストン公爵家の序列はぐんと押し上げられることになった。
「諦めるな。諦めたらそれでお終いだ。不屈の精神を持て! 最後まで戦え! セシル、この精神を忘れず、クラウス様を愛し、お仕えするのだぞ」
「はい。お父様」
神妙に返事をする私に母親は――。
「アイス皇国は寒さが厳しい地です。ウッド王国の気温に慣れているセシルには、堪えるかもしれません。でも人間、全ては慣れです。どんな環境にも慣れますから。大丈夫よ。それにセシルなら、どんな環境でも自分色に染めることができるでしょうから。マイペースでおやりなさい」
さらに兄は。
「セシルは強運の持ち主だ。だってアイス皇国の第二皇子であるクラウス殿下と奇跡の再会を果たし、結ばれたのだから。そんな運、誰もが持ち合わせているわけではない。だからきっとどんな困難だって乗り越えられる。それに乗り越えた先には幸せしかない。そこへ向かい、突き進むんだ、セシル!」
最後に弟は、子供とは思えないしっかりした言葉を私に伝えてくれた。
「どんなに離れていても、僕の姉さまは姉さまだけです。姉さまのことを誇りに思うし、これから先もずっと応援しています。必ずクラウス殿下とお幸せになってください」
みんな分かっている。
アイス皇国には恐ろしい皇妃が待っていると。だからカール同様、負けるなと、これでもかという応援メッセージを贈ってくれた。
一通りのエールの後は、クラウスへの「娘を頼んだ」、「妹を、姉を、どうかお願いします」のメッセージ。最後はクラウスと私に対し「二人で絶対に幸せになって欲しい」という熱い言葉で締めくくられた。
こうして。
ウッド王国を旅立つ準備は整った。
明日は朝からアイス皇国へ向け出発となる。
ノンストップで向かえば、当日の夜に到着するが、途中の旅籠で一泊し、翌日の昼の到着を目指すことになっている。
「セシル嬢。どんなことがあっても、あなたのことはわたしが守ります。何より、あなたにとってなんの縁もゆかりもないアイス皇国に来てくださること、心から感謝しています。ありがとうございます」
「クラウス様。あなたの国に嫁ぐことに迷いはありません。最愛のクラウス様と一緒であれば、どんな困難も乗り越えられると思います。不屈の精神を持つリヴィングストン公爵家の一人ですから。安心してください」
私の力強い言葉に、クラウスの浅紫色の瞳が嬉しそうに輝いている。
この笑顔のために。
私は絶対に負けない――!





























































